幼馴染、出遅れる。
そのころ彼は。
「要ー、そろそろ起きなさーい。」
懐かしい声が近くで聞こえて思わず飛び起きると、部屋の中に『母』がいた。
「あなたまだ寝てるの?珍しいわね。菜乃ちゃ・・・」
「母さん!!」
「・・・何よ。どうしたのそんな変な顔して。怖い夢でも見た?」
あらあらと、からかうような、しかし目の奥には子供を慈しむ母の慈愛の心があった。
一年前には毎日見ていたもの。あんなふうに急に取り上げられるとは思ってもみなかった。
柄にもなく肉親の情が湧き上がり、目頭が熱くなった。
そう、あれは本当に怖い夢だった。
たった一年とはいえ、自分にとって最も許しがたい理不尽な目に遭わされた。
表面では笑顔を取り繕っていたものの、日々周囲に対する憎悪の闇に呑まれて行き、もう少し帰還が遅くなろうものなら、きっとあの世界の全てを壊していたに違いない。
皮肉なことに『界を渡った』自分にはそう難しい事ではなかった。それこそ、奴の仕出かしたことどころではなかったに違いない。その場合、あの国は勇者どころか、魔王よりも性質の悪い『破壊神』を呼び寄せたと世界中から非難を浴びたことだろう。
自分を一目見て、かつて感じた事のない強大な魔力を察知したかの国王は、その最悪のケースになることを恐れ、要を丁重にもてなした。そして事情を理解するとすぐさま、『異界』から呼び寄せてしまった事を謝罪し、彼らの全力を持って帰還の為の陣を組み上げることを約束した。その一瞬の判断力は確かに賢王と呼ぶに相応しい。
被害者とはいえさすがの自分とて、相手が完全に非を認め、全力で謝罪しているところに斬りかかるような真似は出来なかった。・・・せいぜい、日々笑顔で圧力をかけ続けたくらいだ。
時間は一年かかったが、約束通り『元の時間』に帰還することが出来たのでまぁ良しとしよう。
「・・・離れてる間に誰かが菜乃にちょっかい出して来たらどうしてくれるんだ。ったく。」
「あなた・・。夢の中まで菜乃ちゃんのこと束縛してるわけ?」
思わず呟いた言葉に、母が生温い目を向けてきた。
そうだ、菜乃!
こんなところで寝てる場合じゃなかった。いくら帰還の陣に大量の魔力を使ったからといって何たる不覚。早く菜乃に会いに行かなければ。
菜乃にしたら毎日顔を合わせている筈だが、こちとら一年振りだ。母も大事だが、一刻も早く、菜乃を取り戻したかった。こうしてはいられない、とベッドから飛び降りたそのとき。
「菜乃ちゃんも大変ねぇ。そういえば菜乃ちゃん一人で遊びに行ってくるって言ってたわよ。」
「っはぁっ!?」
「早起きしたからお出かけしたくなったんですって。ちゃんとあなたのことも誘いに来てくれたのに、寝てるなんて馬鹿ねぇ。」
「いや!起こせよ!」
今起こしたじゃないのーとかふざけた事を言う母になんか構ってはいられない。
さっさと出かける準備をしつつ、『今、何処にいる?』と、菜乃にメールを・・送信した。
それが、終わった筈の悪夢の続きになるなんて思いもせずに・・・・・。
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「・・・あなた何してるの?」
「菜乃の居場所を検索してる。」
「・・・っ!それって犯罪じゃないの?」
「大丈夫。菜乃の親の許可は取ってる。」
「・・・・・・。」
もし菜乃が誰か他の男の手を取ってしまったら・・。自分の息子は間違いなく・・・犯罪者になる。
うすうす恐れていた事態をリアルに想像して。母は、お隣の可愛い可愛い少女を、名実ともに我が家の『娘』にすることを、改めて決心したのである。
外堀はとっくに埋まっています。