うさぎうさぎ、なにみて?
「うさぎ」は、著作権が切れているそうで。
本編後の二人のお話です。
「うーさぎうさぎ、なにみてはねる じゅうごやおーつきさーま、みてはーあーねーるー」
肌を撫でる空気にもひやりとしたものが混じり、昼間の暑さも落ち着いた今日この頃。
お風呂で湯だった頭を冷ますには程良いかと縁側のガラス窓を大きく開け放った。
夜空には今日のこの日に相応しいまん丸のお月さまが秋の夜長を優しく照らしていた。すぐそばには季節の行事ごとを大切にする母らしく、きっちりと薄と月見団子が誂えられていて。その縁側はこの日だけの明るい月と相まって完璧な日本の風物詩として彩られていた。
こんな風情ある空間を自分一人で堪能しているだなんてなんて贅沢なんだろう。とはいえ、入れ替わりにお風呂場に向かった弟が団子目当てにそのうち顔を出すだろうから、この静謐さもきっとそれまで。つかの間の情緒を一人味わう。
要、なにしてるかな。
いつも頭の片隅に住み着いている大事な人の姿を思い浮かべる。そしてタイミング良くお隣の、縁側から見て真正面の家から今思い浮かべたばかりの彼が出てきたのにはもう驚きもしない。きっと窓から涼んでいる自分が見えたのだろう。
少し前に起こった不思議な事件から、その関係の名前を変えることになった彼。このひと時を自分と過ごそうと彼も思ってくれていたことが何だか甘くこそばゆい。
「…お前、声でかすぎ。ご近所に響きわたってるぞ」
「うそっ!」
前言撤回、普段の彼はやっぱり意地悪な彼のままだ。
「ちぇー、ちょっとくらいいじゃん。奇麗なお月さまなんだから!」
「そうか、今日は中秋の名月、か。」
うまそう、とさり気に延ばされた手にはしっかりと制裁を。先に食べたとあれば朔がなんて言ってすねるか分からない。とはいえ台所に行けばこれでもかと大量のお団子が、母お気に入りの和菓子屋さんから仕入れたあんこと共に大皿一杯に積まれてはいるのだろうけれど。
「だーめ、もうちょっとで朔がお風呂上がるからそれまでお預け!」
ちぇーと珍しくも子供っぽく残念がる所が何だか幼い頃のようで懐かしく。思わず笑ってしまった。
「ほんとに奇麗な満月だねぇ。ウサギもあんなにはっきりみえる。」
「ああ、あれなぁ。俺、子供の頃はあの影がどうしてもウサギに見えなくてさぁ。」
「あっ、そういえばそれで一回ケンカしたよねぇ?月にウサギが住んでる住んでないで!」
「あー、したした。お前よく覚えてるなぁ。」
「そりゃあね。だって要ってば何故月にウサギが住んでないかいっちいち事細かに説明するんだもん。水がどーの大気がどーの、訳わかんない理屈ばっかり捏ねてさ!」
「訳わかんないってお前、人が折角」
「あーはいはい、そりゃ今ではなにが言いたいか分かるよ?でもあの時ってたしかまだ小一くらいじゃなかった?あんな子供の時から『月にウサギ』を完全否定することも無かったんじゃない!?」
「あんときは宇宙の不思議図鑑に嵌まってたんだよなー」
「なんて可愛くない子供…いて」
ぽかんとおでこを小突かれてしまった。
「大体、餅付くウサギに見えるって言ったってそれは日本だけで、外国じゃ違うモノに例えられたりしてるんだぞ?」
「えっ、そうなの?」
初耳だ。
「そうそう、確かヨーロッパでは本を読むおばあさんとか横向きの女性、大きなはさみのカニとかもあったなぁ。あとは場所は忘れたけど木の下で休む男の人とか犬とかもあったはず。」
「えぇー、なーんかイメージが崩れる」
「そりゃ向こうも一緒だろ」
それはそうだけど。
「でもやっぱり月って言えばうさぎ!誰が何とか言おうと私はうさぎ以外には見えません!」
「あっそ。」
結局はどうでもいいのだろう、詰まらなそうに生返事をした(失礼な!)要だったが、何か思い付いたのか再び瞳を煌めかせた。
「そういやさぁ。こんな話もあるの知ってる?」
「ん?」
隣に座った要が顔を覗き込んで来た。その瞳には悪戯の色を濃く浮かべていて。
「あの月のうさぎは雄なんだと。」
「へえ。」
「そんで、逆に地上には雌のうさぎしかいなくって。雌達は月を見て……孕むんだ。」
はら……?
「見ただけて孕むなんて随分ヤラシイんだな。お前の言う月のうさぎってのは。」
オレラモマネシテミル?
耳元で囁かれた言葉を頭が理解するより早く。ぽかんと呆けたままの唇を柔らかいモノで塞がれた。
「んっ?ん、んんんー!」
カポッと音が聞こえそうなくらい、綺麗に嵌まったそれはうさぎよりも真っ白な月見団子。
クックッと目の前で楽しげに笑うのは悪戯が成功して喜ぶワルガキで。
「ちょっと!いきなり何するのよ!」
「いや何か期待に応えないといけない気がして」
「だーれがこんなこと期待するかっ!」
「何だ、だったら早く言えばいいのに」
チュ
「…こっちが良かったんだな?」
今度こそ真っ赤になって固まった私を、彼はそれはもう期待に応えるべく自分の思うままに頑張ってくれたようで。
ガラッ
「あれ?要兄ちゃん来てたの?」
「ああ、庭からちょっとな。」
「ふーん、あっ!それより俺の団子は?…なって、あぁ!てっぺんのがない!」
「あぁ、菜乃が食べた」
「姉ちゃんズリィ!俺が天辺のやつ食べるつもりだったのに!
「……………」
ギャーギャーと弟に怒られるのも、冷めたはずの頭に再び血がのぼって逆上せそうなのも。そこはかとなく理不尽な気がするのに、下手に藪をつついてこれ以上蛇をだされては堪らない。
忘れられない思い出がまたひとつ。
丸いお月さまとそこに住むうさぎとともにーーーー。
巨大な台風も何とか無事通り過ぎまして。月は雲の中でしたが月見団子だけは大変美味しく頂きました。…しかーし、薄を飾るのは後始末がなかなか大変です。




