水遊び・後編
大変お待たせ致しました。
「要、開けてあげたら?」
下心を隠そうともしない野郎共に頭痛がして思わず眉間を抑えていたら、後ろからのんきな一言が聞こえてきた。
「はぁ?お前なぁ……」
ってやべ、そういやまだ。勢いで振り返りそうになったが何とか思い止まる。それにしても何言ってやがるんだか、こいつは。
お前がそんな格好してんのに人前にだせるか馬鹿!
言ってやりたい、思いっきり言ってやりたいが。
俺の苛立ちを隠しもしない様子に一瞬怯みはしたものの、客が気になるのだろう、それでもなお言い募ってくる。こういうとこ
「だから、せっかく来てくれたんだからお茶でも入れるよ。お友達なんでしょ?要ん家、今誰もいないし。」
「いや、いいよ。お前がいちいちそんなこと気にしなくても。」
そんなことしたらあいつら絶対調子に乗る、あり得ないくらい乗る。それでなくても初対面の菜乃に妙に馴れ馴れしい態度取りやがるのに、これで更に家に入れたなんてことになってみろ。テンション上がって菜乃の部屋にまで傾れ込むかもしれない……ヤバイ想像しただけですっげーイラッとしてきた。
て言うか、何で強襲してきた奴なんかに俺らが構わなきゃいけないんだ。……ほっとくか?
ドドドドドン!
「かーなめ君!まさかこのまま僕達を放置しようだなんて思ってないよねっ!」
「その場合、こちらの弟君からあることないことぜーんぶ聞きだすけど勿論構わないよねぇ!?」
っち。
「……兄ちゃんらいい年して何やってんの。」
「朔斗君ごめんねぇ、突然お邪魔して。」
「ちわ。相沢君、あんまやり過ぎない方がいいと思うんだけど……要兄ちゃん、怒るんじゃない?」
「そうだよね、知らないって本当恐ろしいことだよね。」
「うわ、自分だけ逃げる気だ。」
「ははは。」
……あーもー!外野うるっせー!!
「取り敢えずあいつらは俺ん家連れてくわ。お前はさっさと着替えろよ、まだ服乾いてないだろ?」
「え、でも。」
「何だよ?」
家の玄関前にいる客を追い返すという菜乃にすれば違和感のある行動でも、ここで反論されては堪らない。それがごく当たり前かのような顔して菜乃の意見を黙殺した。
「…ううん、何でもない。」
よし。
「ねぇ、あの子達……」
「ん?」
「私達が……幼馴染だってこと、知らないの?」
知るわけがない。なぜなら言ってないからだ。そもそもあいつらは相沢を関しての友人であって、クラスも部活も違う。そりゃあ学校ではそれなりに話す間柄だが、わざわざ好きな女の話なんか死んでもしない。てか、これがばれたからにはきっちり話付けとかないと…
「別に、言ってない……そんなことよりお前、絶対こっち来んなよ?」
そんなこと。ついうっかり言ってしまった言葉に菜乃が反応したのが分かった。
「要は……私と幼馴染じゃ、そんなに恥ずかしいんだ?」
しまった。これ地雷か……?
「はぁ!?誰もそんなこと言ってな」
「もういい!要の馬鹿!大っ嫌い!」
俺の言葉を遮ってバタバタと階段を上っていく後ろ姿を呆然と眺める。あー……やっちまった。
溜息をついても口にした言葉は返ってこない。ほんとならすぐさま追いかけたいところだけど……、
ドン、ドドドン!
「おーい、要!マジで放置すんなよー」
リズムまで付け出した馬鹿がそれを邪魔する。
……何でこうなるんだよっ!?それもこれも全部コイツらが調子に乗るから。
ガチャ
「あっ、開いた。タチバナサーン、今日はー…?」
…………ギャーーーーーーーーー!!!
許すまじ。
はぁ。あいつらて鬱憤はらしたからいいものの、さて、どうするかな。
三人を強制送還し、朔斗と庭を片づけてる間も菜乃は顔を出さなかった。仕方なしに一旦自宅に引き返す。
菜乃はちょっと前からおかしい。今までそんなことは無かったのに、ある時を境に妙に自分を卑下しだした。何だ、俺は出来るのに自分は出来ないとかそんな話。そんなの個人の得意不得意があるんだから当然のこと、逆に菜乃の方が得意な事なんか山ほどある。それをいちいち説明して納得させるのなんてそれこそおかしな話だ。だって言わなくても当然のことなのに。どうしてそんな発想になるのか、理由がさっぱり分からなかった。
結局、俺らが仲がいい事を妬んだ隣のクラスの女達が、友人顔して訳の分からんことを吹き込んで、変に素直なあいつはすっかり信じこんでしまったと後になって分かった。馬鹿馬鹿しい。菜乃が俺から離れても、俺がその分傍に寄るんだから同じこと。一体どこにそいつらが割り込む隙間があると言うのか。それからは殊更、そいつ等の前では自分から菜乃を構い倒した。そうしてさりげなく馬鹿な女達のグループから引き離す。元々俺らとはあんまり関わり合いの無いグループだし問題ない。誰とでもすぐ友達になる菜乃からしたら、新しく出来た友達に否定的に言われてショックだったのだろうが、俺から言わせればそんなのは友達とは言わない。変な奴らと関わりが無くなって、菜乃は少しだけいつもの笑顔を取り戻した。
確かに俺らはいつも一緒だが、普通に見れば俺が菜乃を構い倒してるってわかりそうなのに、世間はそう思わないやつもいて、その上自分勝手な理屈で横やりを入れてきたりもするらしい。それを知れたのはある意味幸いだった。元に戻りはしたものの微妙な膠着状態で小学校を卒業し、がらりと環境が変わる中学に入学して。とりあえず、周囲の人間関係を把握するまでは、と、様子見と称して俺と菜乃の関係をあえて言いふらしはしなかったのだが。
……アホか俺は。こうなるならさっさと公表しときゃ良かった。
人のことなんかほっとけよな。菜乃が俺を嫌いだってんならともかく……そーいや大嫌いって言われたな、ははっ。はー泣きそう。
「あーあ、泣かせたよ。」
逃げだす直前の、涙を瞳一杯に溜めた顔が頭から離れない。あいつも泣くぐらいなら自分から距離取んなきゃいいのに。
参ったなぁ。
********
「えっ!?う、嘘っ……!」
「いや、マジで。だからあいつらをお前ん家に入れたくなかったんだよ。」
「そ……そうなんだ。」
菜乃の顔色が心底恐怖心と嫌悪感で染まっている。普段滅多に人を厭わない菜乃にしては珍しい反応だ。
「ああ、本気で悪いやつらじゃないんだけどちょっと悪ノリするとこあるから。相沢はともかく、他の二人は調子に乗ると何するか分からないからな。お前、これから話しかけられてもなるべく相手にすんなよ?からかわれるのがオチだ。家に入れるなんて以ての他だからな?」
「う、うん!分かった!!絶対知らない人は家に入れない!」
俺の話がよっぽど怖かったのか、蒼褪めたまま必死で頷く菜乃。よし、こんだけ脅しとけば暫くは大丈夫だろ。これでまぁ、わだかまりも解決、悪い虫も排除。よしっ、完璧っと。
夕飯後、ほとぼりが冷めた頃を見計らって勝手知ったる隣家にお邪魔した。菜乃は若干気まずそうに二階の自室に引き上げようとしたが、これまた何事も無かったかのように話しかけてリビングに引きとめた。今は朔斗と三人、爺ちゃん達の観劇土産の菓子折を食べている。
滅多に味わえない老舗の苺大福。美味しい和菓子の前には気まずさなんか吹き飛んだようで、菜乃はすぐにニコニコと大福に夢中になった。よかった。爺ちゃん感謝だ。
そうしておばさんが入れてくれた緑茶で一息付いたころ。
今回の顛末を、どうして俺があんな行動を取ったかをしっかり説明した。それはもうきっちりと。
それは、以前、あいつらの会話の中で『友人宅に遊びに行った際、留守中の女兄弟のタンスを漁って下着を拝借』というネタがあった、ということ。
それを聞いた菜乃は暫くは呆然としていたが、理解した途端顔が真っ赤になって、そして真っ蒼になった。うん、分かりやすい。
「……いくら邪魔されたからってこの仕打ち……」
「何か言ったか朔斗?」
俺は嘘は言っていない、嘘は。だた、それが昼休みの健全な時間の、まぁ男同士にありがちな馬鹿話で『昨日友人宅でそれを罰ゲームネタにして盛り上がった』というだけであって、実際奴らはその姉貴の部屋になんか一歩も入らなかったし、本気で言っていた訳でもない。全く持ってただの冗談である……という補足を話に入れなかっただけである。
しかし、
「イイエ、ナンデモナイデス。」
脚色して捉えられたその内容が、多感な中学生男子にとってどれほどの不名誉かなんて言うまでも無い。
思春期に入り始めた二人の話でした。因みに馬鹿話のら辺は実話です。美人の姉ちゃんを持つ弟さんは大変ですな!
一区切りしたので再度完結タグを付けさせて頂きますが、適度に更新していけたらなと思っております。宜しければこれからもお付き合い頂ければ幸いです。
ありがとうございました。




