9話
早絵視点です。
R15かは微妙ですが、行為を匂わす描写が多々あります。
あの、忌わしき上司のマンションから脱出後、ふと気付いた。
『・・・避妊、ちゃんとしたっけ』
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無事、ダニエルから見つかることなく部屋を抜け出した帰り道。
時間的には余裕もあるし、足を伸ばして公園の屋台でサンドイッチでも食べて帰るか、なんてのんきに構えていたら、思いっきり地下鉄の路線を間違えてしまった。
言い訳をさせてもらうのならば、この辺はあたしの行動範囲には含まれていない。
つまり、土地勘が無い。
次の夏でニューヨークに移り住んでまるっと七年になるが、出不精のあたしは未だに行ったことのない場所の方が多い。
特にこんな高級住宅地とか。
自分が住んでるわけでもないし、家を訪れることがある友人もこんなところに住んでいない。
そんなとこで一人でうろうろと彷徨わざるを得なければ、誰だって道の一つや二つは間違える。
決して、あたしが方向音痴な訳では、無い。
誰に言うともない言い訳をつらつらと並べながらの帰り道は、ものすっごく、空しかった。
結局、自宅の方向がちんぷんかんぷんになったので、最終的には会社の方に向かう羽目なった。
だって、ここまで迷ってしまえば、一度慣れている道に出た方が賢明だということを経験則上理解していたのだ。
そんな教訓を得るほど迷子になるのかと問われれば、イエスとは言いたかないが、きっぱりとノーとも言いづらい。
そうして、なんとか見覚えのある場所までやってこれると安心して、ふと冒頭の疑問が頭に浮かんだ。
あたし自身はぐでんぐでんに酔っ払っていたのと、最近の慢性的な睡眠不足のおかげで、明確な記憶はない。
うっすらと、曖昧に、致した気がする、という程度だ。
まあ、常識を照らし合わせれば、ヤってんのは一目瞭然だが。
そんな状況を鑑みれば、年頃の女子ならば当然気になる疑問である。
思い出したかないが、起きた時にお腹やふとももに付着していた乾いた液体が、そうでないと誰が断言できる。
そう考えるとぞっとした。
あの時はお互いアルコールが入っていたし、ダンばかりを責めるつもりはない。
おそらく合意の上での行為だ。
だが、この件に関しては話は別だ。
あたしの生理周期はほぼ一定だけど、このところの激務で身体の調子が狂っていても不思議ではない。
もし万が一のことがあれば。
今のところ、もう暫くはアメリカに住むだろうけど、先のことはわからない。
やっぱり故郷は恋しいし、結論からいえば、あたし個人の考えとしては、こっちに永住するつもりはないと言わざるを得ない。
何か機会があれば帰国する可能性は高い。
そして相手はよりによってダニエル・カーターである。
いや、あの男自身が悪いと言っているのではなく。
最近知ったことだが、ダンの実家は田舎のいろんな意味で大きいお家らしい。そんな男の子どもがいるかもしれないという状況は、心臓に悪いことこの上ない。
それに加え、あの女癖の悪さだ。
週、いや日替わりで横にいる相手の顔と名前は変わる。
『英雄色を好む』ということわざもあるくらいだし、女性やそういう行為を好む男性がいっぱい世の中にはあふれているからあまり疑問視したことはない。
だが、ダンには、そう言ったことをことさら好む発言をしたことも無ければ、例えは悪いかもしれないが、ゲームのような感覚で楽しんでいるような節も見えてこない。
好み、というのもあまりないのか、連れているのは様々な系統の美女だ。
清楚な感じのお嬢さんもいれば、妖艶なお姉様と一緒の時もある。
ただ、後腐れはないこと、ということを第一条件に選んでいる、というのは聞いたことがある。
だからかは知らないが、ダニエルからは、そういったことを好む人物が浮かべる粘っこくギラギラしたものが感じられず、なんというか、淡々としている。空虚と言い換えてもいいだろう。
言葉は悪いが、性処理の道具とどう違うのか、彼の行動からは窺えない。
他人のプライベートに口を出す趣味はないが、その行動は、女であるあたしから見ると『女』という性を徹底的に踏みつけようとしているよう感じる。
そういった経緯のある場合、何かあれば弱い立場にならざるを得ない人間であるあたしが警戒するのは至極当然だ。
腕時計の時間を確かめ、二つ折りのケータイを取り出し、レディースクリニックを検索する。
たしか、事後に飲む避妊薬が存在したはずだ。
プライバシーのお国柄だからあんまり深くは聞かれないだろうし、何か言われても恋人との避妊に失敗したとか適当に並べときゃいいか。
*****
案の定、特に何も聞かれずに薬は処方された。
最初、未成年に間違えられたのには困ったが。
身分証明書を見せて納得してはもらったけど、あたし、成人式が終わってからかれこれ八年近く経つんだが。
若く見える分には嬉しいが、あれは、がきんちょだと思われてたから嬉しくもなんともない。
若干ぷりぷりしながらアパートの階段をヒールで強めに叩きながら昇ると、あたしの部屋の前で件の上司が腕を組んで待ちかまえていらっしゃった。
・・・・・・や、厄払い、行くべきか。
割と現実的な考え方をする女の子です。
でも、恋人関係にないならば、真っ当な意見だと思いますが、どうでしょう・・・?