5話
早絵視点です。
今、コイツ何言った・・・?
「ワシントン支店で横領が発覚した」
はああ!?
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あのいわくつきの慈善パーティー以降、なんだか上司の様子がおかしい。
勤務中にボーとしていることが多いし、イージーミスも増えた。
あたしの顔をじぃーとみてるそぶりがあるから何か用事でもあんのかと視線を向けたら目を逸らされる。気になってこっちから話しかけるとやけに熱っぽい目で見つめられる。
何なんだ、一体。
欲求不満なのかとも考えたが、あの男に限ってそんな面白い事態には陥っていないだろう。
未だに会社には様々な女性たちからラブコールが掛かってくるし。
ボスの女専用の新しい回線引いてやろうかしらん。
仕事に関しては妥協をしない人だから、この現状に恐れおののいているのはあたしだけではない。彼の側近もだ。それとなく事情を探ってほしいと乞われるのも一度や二度ではない。
まさか、リストラでもされるんじゃないかと最近のあたしは戦々恐々。
そんな中もたらされた横領事件。
上司が少々愉快なことになっているこの状況で、内心もう勘弁してほしいことこの上ないが、問題が起これば対処していかなくてはならない。
特にこういった金が絡む犯罪は。
まさかと思うが、最近の上司の奇行はこれが原因とか・・・?
「主犯はワシントン店のマネージャーのダグラスだ」
「三年前にショーン専務が引き抜いてきた人材ですよね」
「ああ、この責任を取ってショーンは退職すると言い出してる」
「えー!? 困りますよ、次のリゾートプラン、専務が主導で動いてるんですよっ」
「ああ、勿論退職も認めないし、解雇も考えていない。だが、現実問題、出社してこないと話にならない」
「む、無断欠勤してるんですか、専務が?」
ダニエルの苦りきった表情にあたしの顔もひきつった。
そんな子供みたいなことを大の大人がしているかと思うとあたしも頭を抱えたくなる。
「取りあえず、サエは広報課とマスコミ対策をしてくれ」
今までクリーンなイメージで経営してきた『パンプキンレストラン』の不祥事に、早速食いついてきたパパラッチが大勢いるようだ。
「はい、弁護士の手配は」
「なんのための顧問弁護士だ。高い契約料払ってんだから、馬車馬のようにこき使ってやる」
これは、一週間は自宅に帰れないかもしんない・・・。
*****
あたしは目測を誤った。
十日も家に帰れず、着替えを取りに行くことすらままならないほどの忙しさ。
目が回る、というのはこういう状況を指すのね、なんてたそがれてみても仕事は片付かない。
最終的には司法のお世話になることになったから、公的な手続きの多さと面倒くささにも泣く羽目になった。
横領事件の当人であるダグラスは、今は留置所にいるらしい。
絶っ対、加害者の奴の方が、今のあたし達よりも健康的な生活を送っている。
取りあえず、三食食えて、六時間眠っているはずだから。
なんで被害者のこっちの方が苦労してるんだよーっ、と広報の皆様と仲良く叫んだ。
ダニエルは株主やCM会社やら各方面への陳謝や専務への説得にぼろぼろになていた。
普段のかっこいい姿はどこへやら、社長室で仮眠をとる上司の姿はこの二週間で大分老けこんだ。
取りあえず、事件発覚から二十三日目。あたしの仕事量は通常より忙しいかな、というくらいにまで落ち着いた。
そう、それは魔がさした、としか言いようがない。
その日は、最近では社長室にお互いあまりいないためにダニエルと久しぶりに顔を合わせた残業デーだった。
適当に切りのいいところで上がって夕飯でも食べに行こう、というのは別段不可思議な流れではない。
久しぶりのおいしいご飯に大好きなお酒。
事態が沈静化してきた事と次の日がお休みとあって、少々浮かれていたあたしは、決して弱くはないが強くもないアルコールを、自分の限界値以上に摂取してしまった。
たぶん、上司のベッドでお互い裸で寝てる、なんて状況、想像すらしていなかった。