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4話

ダニエル視点です。



メイクと髪型と眼鏡でここまで変わるとは思わなかった。

女性というのは化けるものだ。



「・・・・・・」

「・・・・・・」



思わず無言になってしまったが、ここは彼女を褒めるのがセオリーだ。

社交辞令だろうがなんだろが、着飾った女性に賛辞を送るのはマナーである。

『貴女のことをきちんと見ています、気にかけています』というサインを送らないなど、パートナーの風上にも置けない。

少なくとも、サエ以外の女を伴って社交の場に赴いた時は、内心はどうあれ自分の横に立つ女への美辞麗句を怠ったことなど一度もない。


とにかく何か言わなくては。そう思えば思うほど、声が喉にへばりつく。

こんなことは三十三年間の人生の中で初めてだ。




「・・・よく似合ってる」



ようやく口を衝いて出たのはぶっきらぼうな一言だった。

ああ、初めて出来たガールフレンドを連れてパーティーに行くティーンエイジャーでも、もう少しましなことを言うだろう。



「ありがとうございます」



俺の態度の悪さには何も触れず、そつなく返答する彼女の方が大人の対応だった。


普段は高い位置でまとめられている黒髪はこうしてみると思ったより長かったのかとか、細い銀フレームの眼鏡を外すと印象の変わる瞳とか、いつもはパンツに隠れている足首の細さとか、大きく開いた胸元からのぞく色香とか。


簡単に言うと悩殺されたのだ、彼女に。


普段の秘書然とした立ち居振る舞いも悪くないし、それはそれで清潔感漂う彼女の雰囲気にはとても合っている。


だが、その”普段”のサエからはあまり想像できない美しい姿は、これが俺じゃなくとも魅了されるだろう。

先ほど店で試着した時のどこか無防備な印象とは違う艶めかしさに頭がくらくらする。



「それでは参りましょうか」



しかし、そのオフィスにでもいるような堅苦しい口調に、ほっとするような残念なような。

複雑な気持ちだ。

浮かれているこちらの心情とは裏腹に、『自分はあくまで秘書ですよ』と彼女に突きつけられているようだ。





*****





結果から言うのであれば、パーティーは不完全燃焼だった。

直接は何も言われなかったが、遠まわしにどこそこのご令嬢やらはわんさか勧められた。

勿論、隣にはいつでもサエがいてくれたが、その肩書や彼女の醸し出す空気のおかげで二人の関係を邪推されることなんて一度もなかった。

それが目的だったはずなのに、それを残念に思う自分に疑問が湧く。

問題を先送りにしただけで根本的な解決には至っていないが、まずまずの成果を上げたのに。

この不満はどこから来るのか。


主催者が用意してくれた車にサエと乗り込み、ぼんやりと夜の街を眺める彼女を見つめる。

自分にとってはありふれた日常だが、彼女に取ってはイレギュラーな出来事だったから、疲れているのだろう。

いつもの精彩さはなりを潜めている。


その無防備な顔にキスの雨を降らしたら、彼女はどんな表情を見せるだろうか。

そんな邪な考えを読んだのだろうか、無言だった車内にサエの声は思ったより響いた。



「ボス」

「なんだ」


返事の声が震えなかった自分を褒め称えたい。



「つかぬことをお聞きしますが、ダンって独身主義者なんですか?」

「は?」



突然何を言い出すかと思えば。

自分の脳内妄想がばれたわけではないようで安堵もしたが。



「いえ、結婚願望があまりないのかなー、と思いまして」

「・・・真剣に考えたことはないな」

「そうなんですか」



嘘だ。

一度だけ、一度だけ、この人と一生一緒にいたいと考えた女がいた。

まだ生乾きの傷は癒えていない。それはこういったとき強く感じる。


サエはそれ以上深く踏み込んでは来なかった。それが素直に有難いと感じる。彼女はその場の空気を読むのがとても上手だ。


自分で拒絶しといて言うのも馬鹿だが、彼女に踏み込まれないことに寂しさを覚える己の心は、なんて厄介なんだろうか。

この傾向は、あまりよろしいとは言えない。底なし沼にずぶずぶ沈んでいく感覚。

俺は、また、溺れてしまうのだろうか。



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