3話
早絵視点です。
ぶるー、れっど、いえろー、おれんじ、ぐりーん、ぴんく、ぱーぷる。
鮮やかな色彩の洪水に、溺れてしまいそうだ。
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『やっぱ引き受けんじゃなかった・・・』
思わず慣れ親しんだ母国語でそう呟いたあたしに、いぶかしむ表情を出さずにそっとドレスを手渡し「これで最後にしましょう」と言ってくれるマヌカンの女性に後光が見える。
やはり高級店だからか、接客態度は洗練されていてスマートだ。
決してこちらが嫌な思いをすることはない。
是非とも我が社でも取り入れたいものである。
そうだ、次の経営会議では接客マニュアルの企画書を作っていこう。
ああ、現実逃避だとも。
そんなことは百も承知だ。
もちろん、おしゃれや買い物が嫌いな女子なんて早々いないだろうし、あたし自身はどちらも大好きだ。
だが、それは自分の身の丈に合っているから楽しいのであって、いきなりこんな店に連れてこられても戸惑いの方が先立つ。
日本の地方都市で一般庶民として育ち、こんなきらびやかなドレスとは過去も現在も未来も縁が無いと思っている身としては、居心地がいいとは決して言えない。
世の中結局お金だよね、ということで出席することと相成った慈善パーティーとやらに、あたしはスーツで行くつもりだった。
ピンチヒッターの秘書として行くのならばそれで十分であるし、実際にダニエルの代理で出席したことのあるパーティーではそういった格好で別段不都合は感じなかった。
だが、パートナーともなるとそういう訳にもいかないらしい。
うっかりその情報をダンの耳に入れてしまったのがあたしの運の尽きだ。
そんなもんを買う余裕はないと突っぱねたが、じゃあ自分が出す、と言われ、後に引けなくなってしまった。
試着室―――あたしの知っているペラペラのカーテンで仕切られただけの試着室とは違い独立した部屋になっている―――でとっかえひっかえドレスを着ること早一時間。
今日の五時から開会らしいから、そろそろ決めないと真面目に時間に間に合わなくなる。
今手に持っているのは、胸元が開いたスリップドレス。
色はほとんど白に近いけど、裾の方に行くに従って淡いグリーンがグラデーションになっている。
ひらひらとしたスカート部分は、生地が二十四枚つなぎになっている、らしい。
全然重くないからよく解らないけれど。
個人的には最初の方に試着した黒のオフショルダーのカクテルドレスなんかの方が好みなんだけどなあ。
というか、この店、どの服飾類にも値札が付いていない。他人の財布だけど、会計が怖すぎる・・・。
「いかがでしょうか」
スポンサーは何をそんなに、というくらいご機嫌である。
女を着飾らせる趣味があるのならば、あなたのいーっぱいいるガールフレンドたちにお願いします。
試着室の外でウェルカムドリンクとして出されたシャンパンを一人で飲んでいたのにはむかついたが。ちくしょう、自分だけいいモン飲みやがって・・・!
「ああ、いいんじゃないか。サエには淡い色が似合う」
「じゃ、じゃあ」
これで決まりですね、というあたしの願いは彼の台詞で却下された。
「うん、次これね」
「これで最後、と言って貰いました・・・」
「へえ、でもこれも似合うと思うよ?」
そういって差し出されたのは、背中が大きく開いたデザインのカクテルドレスだ。
色はきれいな藤色で確かに魅力的だが、いかんせんもう時間も体力も少ない。
「あの、ボス、そろそろ真剣に時間無いんですが」
「え、まだ結構余裕あるでしょ」
「いえ、この後小物を選んでヘアメイクと化粧をしてもらうなら、もう結構ぎりぎりです」
ふうん、と面白くなさそうに鼻を鳴らした上司は、「じゃあ、さっき言ったやつを包んどいて」なんて言って、先ほど試着したドレスの山を指差した。
おいおいおい、何を言い出すのだこの男は。
「きょ、今日しか着ないのですから、一着で十分です」
「あって困るものでもないだろ」
「いやいやいや、着る用事なんかありませんって」
この後押し問答の末、取りあえず今着ている白のドレスと、それに合わせた靴やバックのみお買い上げ、ということで話はついた。
それでも相当な額いってんだろなーと思うと落ち着かない。
金持ちの金銭感覚マジでわからん。
そわそわして落ち着きのないあたしが珍しいのか、上司は珍獣でも見るような眼でこちらに視線を向けた。
「女は買い物が好きだと思っていたが」
「身の丈に合ったショッピングは大好きです」
そう言うと「これは身の丈には合わんのか」と突っ込まれた。
よく考えたら、どうせ今日しかいらないのだから、レンタルでもよかったのではないだろうか・・・。
なんだか、恋愛に近づきません・・・。 あれ?