19話
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あまりのことにパソコンの前で鶴の舞を舞っておりました(笑)
早絵視点です。
さあ、と血の気が引く音がする。
鏡で確認しなくとも解る。
今、あたしの顔は、真っ青になっているはずだ。
*****
「仕事なんか辞めてしまえばいい」
開いた口がふさがらない、というのはこういう状況を指すのか。
目の前にて優雅な笑みを浮かべる上司は、あまりにも突拍子の無いことを言い出した。
な、何を言い出すんだ、この男は。
「サエ?」
「冗談にしては性質が悪過ぎます」
確かに、あたしの勤務態度や業務成績が完璧か、と問われれば答えに窮する。
でも、あたしの中では、これまで必死にやってきたこと全てを、一瞬で切り捨てられた。
『愛している』なんて愉快な言葉を無理矢理押し付けられたが、正直、あたしにとっては、いつものつまみ食いの延長線上にある行為としか認識していなかった。
何でかは知らないが、いつもと少し違う趣向のゲームを楽しんでいるだけだ。
ベッドの上での男の言葉など一番信用ならない上に、それが『ダニエル・カーター』であればこの警戒を杞憂と笑う人間など皆無だろう。
どうせ、すぐに飽きて捨てられるのは目に見えている。
それは遠い未来の話ではなく、下手したら上司の女性遍歴の最短記録を塗り替える勢いだろう。
そんなものの為に、あたしが今まで異国の地で築いてきたものを取り上げるのか、コイツは。
ていうか、こんなしょうもない理由で働く場所奪われるのは困るんだけど。
明日のご飯に事欠くような生活は送りたくない。
後、捨てられた後も、資本が無いことには動きようが無い。
後先が見えている関係で、多少気まずい思いをしようが何だろうが、収入源が断たれることほど痛いことは無い。
セクハラ、いや、パワハラか・・・?
「ボス」
「君は優秀な社員で秘書だ」
「では、」
「だが、今後、君を誰かに紹介する時に、『秘書』と言いたくはない」
・・・・・・・・・・・・。
なんだか、どえらいことを、言われたような気がする。
え、この人、何が言いたいの。
ま、まさか・・・。
「あの・・・、」
「ああ」
「まさかとは思うんですが・・・」
「ああ、」
ダニエルの青灰色の瞳が期待にとろりと蕩ける。
抱きしめて一世一代の告白をしようと伸ばした腕は、空を掻いた。
「愛人にしたいんですか?」
私を。
そお答えると、ダニエルはそれはもう間抜けにぽかんと口を開け、数秒動きを止めた。
あ、あれ?
間違えた・・・?
「サエの思考回路はどうなってるんだ・・・」
ダニエルはぼそりと呟くと頭を抱え始めた。
どうやら、上司のこの反応を見るに、あたしの出した答えは間違っていたらしい。
えええ。
「え、じゃあ、もうちょっときれいな言い方して恋人ですか?」
でも、ダンに『恋人』という単語から連想される諸々は、猛烈に似合わない。
いや、似合う似合わないという問題でも無いが、今までの彼のガールフレンドたちへの行動が行動だけに。
「・・・サエ」
「はい」
「もしかして、最初の夜の記憶、まったく無かったりする?」
いつになく重々しく尋ねる上司に、首をかしげる。
最初の夜・・・?
って、いつのことだっけか。
「四日前、残業帰りに夕飯食った帰りに家に来た時のこと」
怪訝そうな感情が表に出ていたのだろう。
懇切丁寧に説明してくれた。
その表情は、どこか疲れ切っていたが。
「・・・無いですね」
正確には、三杯目のワイングラスを空けた辺りから記憶があやふやだったことや、朝、目を覚ましたらこの部屋のベッドの上にいたことを端的に告げる。
と、ダニエルは天を仰いだ。
あたしの手をそっと握り、脱力したのかその場に座り込んで大きなため息を吐く。
「・・・・・・反応が無いからおかしいとは思っていたが・・・」
「はあ、えーと、すみません・・・?」
あたしの掌をそっと額に当ててるから、ダニエルの表情は窺いしれない。
だが、その沈んだ声音から察するに、万が一にも明るい顔はしてないだろう。
ダニエルはもう一度、今度は迷いと憂いを吹き飛ばすように肺から大きく二酸化炭素を吐き出す。
そうしてあたしを見上げた目は、もう、肉食獣のそれに変貌していた。
あ、やべ。
「確かに、意識が朦朧としている状態で告げたのはフェアじゃないな」
直感的に悟るが、時すでに遅し。
蛇に睨まれた蛙の如く、足は根が生えたように動かない。
その苛烈な熱に巻き込まれる。
ダニエルは座り込んだ状態から体勢を立て直し、片膝をついて跪く。
なにやらこの感覚には覚えがある。
うわあああああ、き、聞きたくねぇ・・・!
そんなこちらの心情を無視し、そっと指先に触れる程度のキスをしてあたしを見上げる。
「結婚してほしい」
爆弾を、ぽい、とほおり投げてきた。
今後、少し生活が多忙になる予定なので、更新頻度が遅くなります・・・。
申し訳ありません。