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18話

久々にダニエル視点です。



可愛い。

愛しい。

手放せない。


こんな想いを、また誰かに向けることができた奇跡を、君は知らない。





*****





かなり卑怯な手を使った、という自覚はある。

傍にいてもらうために、自分のから離れないために、なりふり構わず引きとめた。

閉じ込めて、抱きすくめて、言質を取って。

俺以外の人間が彼女にそんな事をしたら、殺してやるというくらい、自分でも利己的な衝動を優先させた。


そこに、サエの意思は関係なかったといっても過言ではない。


公人としてのサエ・ヤマモトは隙が無い。

社長つきの秘書は三人いて、それぞれのシフトで勤務を回しているが、やはり行動を共にし大部分のスケジュールを管理しているのは、第一秘書のサエだ。

オフィスでの彼女は、その肩書通り『秘書』であって、それ以上でもそれ以下でもない、という態度を貫いている。


だが、幸いなのかどうなのか、彼女はプライベートでは存外状況と押しに流されやすい性質だったのも手伝って、一度踏み出してしまえば後は簡単だった。

彼女自身の性質か民族性かは知らないが、長いものには巻かれる、という部分が少なからず存在する。

そこに付け込んだ男が言っても信憑性が無いが、その性格はどうかと思う。


俺以外の男が俺と同じ行動を取っても、彼女はよっぽどの理由が無い限り拒みはしないだろうことが容易に想像できる。


柔らかく真綿に包むような愛し方をしたい。

そう思っているのにそれを実行させてくれない、つれないサエが何よりも愛しい。




「だから、引越しはしませんっ」



そんな冷たいことを言わなくても。

口調も堅くなってるし。


この二日間の諸々の行為で少々疲れている様子だったが、こもりっきりで退屈し始めたようなので外で夕飯を食べた帰り道から、なんだかサエの態度が変だ。

外に出ることを嫌がるし、かといって俺との行為に積極的という訳でもない。

挙句、彼女のアパートの管理者と業者に連絡しようとしたら、朝から大喧嘩だ。

多少は軟化したかと思えば、すぐに掌を翻す。

ああ、でもなんだか夫婦の言い争いの様で、何とはなしに面映ゆい。



「以前から引っ越そうかと言ってたじゃないか」

「そりゃ言いましたけどね、世間話の延長ですよ」

「延長でもいいだろう」

「何がいいんですか、何がっ」



顔を真っ赤にしておこるサエは生き生きとした生気に満ち溢れている。

以前は決して見せてくれなかった表情の一つ一つに、歓喜を感じていると告げれば、彼女はもっと色々な面を見せてくれるだろうか。



「ここに住むことに何の不都合がある?」

「会社の上司と部下は、普通、一緒に暮らしませんって」



そんな理由か。

俺から見たら、くだらないと一笑に付すような理由で。



「上司と部下で無ければいいのか?」

「いや、論点がおかしくないですか」

「君がさっきそう言ったんじゃないか」



「それはそうですけどね」と、眉間にしわを寄せながらぶつぶつとまだ言い足りなさそうにこちらを見上げるサエの上目遣いにくらくらする。

ああ、このまま寝室へ抱き上げて行って腕の中に一生閉じ込めてしまいたい!



「まあ、確かに君の言うとおり、上司と部下は寝食は共にしないな」

「そうでしょうっ」



我が意を得たり、とばかりに輝くサエの額にそっとキスをする。

すると、途端にきょとんとした無防備探顔を出す。

続けて頬にも唇を落とし、痛くない程度に加減して甘噛みすれば、ぽん、と音がしそうなほど赤く首筋まで染める。

その、物慣れない彼女がまた愛おしい。



「だが、恋人なら話は別だろう」



そっと桜貝のような耳朶に囁いてみれば、くすぐったいのか身を捩じらせる。

その動作がベッドの上での仕草に酷似してして、思わず身体に熱が宿る。



「い、いつから、そんな、愉快な関係になったんですか」

「あんまりつれないことを言わないでくれ。じゃないと、」



何をしでかすか分からない。

その台詞に可哀想なくらいびくっと体を竦ませるサエに、サディスティックな喜びが湧きあがる。

サエであれば、それがどんな感情や態度であっても歓迎するが。



「サエが俺達の関係に様々な面で煩わしさを感じるというのも解る」

「でしょう」


「ああ、だから、仕事は辞めてしまえばいい」

「・・・・・・はあ?」

「聞こえなかったか? 秘書なんか辞めれば万事解決だろう」

「なに、言って・・・」

「君が気にしているのは、会社の上司と部下が一緒に住むことに関してだ、違うか?」

「違いませんが・・・」

「なら、その立場にいなければいい。そうすれば、ただの恋人同士だ」



さっと血の気が引き真っ青になったサエを、にっこりと笑いながら脆い砂糖菓子のようにそっと抱き締める。

そろそろ、君がいないと呼吸をすることさえできない哀れな男に捕まったことを自覚するべきだよ。



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