17話
早絵視点です。
『針の筵』というのは、こういう状況を指すのか、というくらい居心地の悪ーいお夕飯その他諸々だった。
もう二度と行きたく無い。
ええ、山吹色の菓子をいくら積まれたって。
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結局、あの後、もう一ヶ月半くらい前にパーティーのパートナーとしてピンチヒッターで駆り出されたときにお世話になったショップに引きずられて行ったあたしは、またも着せ替え人形になった。
しかも、ダニエルはあの時とは違い、自分が気に入った品を次から次へとお買い上げになっていく。
何着試着したかは覚えてないけど、半分以上は即決されたはずだ。
それに合わせたバックや靴も一通り揃えられる。
今回は、もったいないとか着る機会なんか無いと騒いでも黙殺され、あたしの意見など有って無き様なものだった。
ようやくドレスが決まったかと思うと、そのままエステで全身マッサージされるわ、ばっちりメイクされるわで、ここニ・三日ぼろぼろになっていた体をぴかぴかに磨きあげられる。
なんか、これって、ジュリア・ロバーツの『プリティウーマン』じゃん。
そして、これで終わりかと一瞬気を抜いたあたしを待っていたのは、宝飾店である。
ジュエリーショップ、なんてカタカナ表記の可愛らしい日本語訳の響きとはかけ離れた、まさしく宝飾店、という語呂がぴったりのお店である。
流石といか何というか、このお店にも値札は付いてなかった。
ガラスケース越しではなく、ビロード張りの台座に乗って目の前に並べられる宝石の輝きに、比喩表現ではなく目が眩む。
ピジョンブラッドのルビー、コーンフラワーブルーのサファイア、インクルージョンの無いエメラルド、そして宝石の王様ダイアモンド。
こんな一級品、どれか一つだけでも拝んだことなんてないのに、ましてやそれが一堂に会する機会なんてそうそうない。
いや、あるのかもしれないが、あたしみたいな庶民にははっきり言って縁が無い。
「サエはどれが好き?」
「・・・・・・」
「サエ?」
あんまりにも非日常な世界で、いまいちピンとこない。
どれがいいかなんて、解るわけがないでしょ、普通。
解るのは、どのジュエリーも、あたしには分不相応な品だということだ。
負けるわ、こんなの。
いつまでもおろおろとしているあたしを見かねたのかダンは優しく微笑み、手袋をはめた店員さんに何事かを囁いて奥の方に下がらせた。
でも、肩を抱いておでこに軽いキスをするという流れはいらなかったと思いますけど。
ここ、人目はそんなに無いけど、公衆の面前なんですが。
シャイな大和撫子(語弊かも)には、荷が重すぎますってば。
「今日のドレスに合わせて、真珠が良いかな」
「もう、何でもいいので貴方が選んでください・・・」
そう答えると、ますます上機嫌になった上司は、恭しい手つきで運ばれてきた真珠のネックレスとイヤリングのセットをお求めになられた。
実家の母親も多分持ってるような、冠婚葬祭でつけることができるスタンダードなデザインのネックレスとイヤリングだ。
値段は天と地ほども違うんだろうけど。
ただ、あたしは左右一個ずつピアス穴を開けててイヤリングはあんまりしないから、それだけその場で作り変えてもらうことになった。
そうして、出来上がったばっかりのピアスとネックレスを付けられると、黒のドレスと対になるような感じで、なんだかとってもお上品に仕上がっている。
メイクやヘアスタイルとも相まって、オードリー・ヘップバーンの『ティファニーで朝食を』みたいなイメージだ。
今着てるのは、クラシカルだけど古臭く見えない絶妙なデザインが素晴らしい黒のオフショルダーのカクテルドレス。
この前のパーティーの時のドレス選びのときにも試着したしあの中では気にっていたけど、結局これには決めなかったから、その瞬間は幾分気持ちが浮上した。
ていうか、あたしが気に入ったのをばっちり選んでくるあたり、つくづく抜かりない男だと思う。
普通、そんなとこまで目がいかないって。
ああ、顔や地位以外にもこういうマメさがあるからモテるのか。
「よく、似合ってる」
満面の笑みでそう告げられたら、誰も悪い気はしない。
鏡にうつったら一発でアウトだけど。
磨き上げられた分、横にいる見た目は極上な男との差異が広がっているから。
濃紺のスーツに薄いブルーのシャツを着ただけの格好なのに、かえってそのシンプルさ故か、滲み出るような美しさが・・・。
この横で今から品定めされるわけ、あたし。
本番は今からだということを、ちょっと忘れていた。
*****
それはもう美味しいレストランに連れて行ってもらいました。
確か、グルメ雑誌で一年待ちとか書いてあったのを読んだことがあるようなお店だ。
だが、しっかりフルコースを平らげたあたしが言うのも真実味が無いかもしんないが、食った気がしない食事だった。
オードブルもメインもデザートも、素晴らしかった。
それは味は勿論盛り付けも。
あれは、いっそ芸術品といっても差支えないだろう。
だがしかし。
店の最奥の夜景がよく見える席に案内されたが、そこはフロアを見渡せる位置だった。
逆説、他の席からもよく見える配置になっていたのだ。
ざくざくと突き刺さる目線と嘲笑(主に女性)に、胃が悲鳴を上げる。
「えー、その程度の女?」という、声なき声が聞こえる・・・。
それが嫉妬によるものだと解るだけに余計怖ろしい。
所詮小心者でチキンハートなあたしには、こーいうのは無理です。
ていうか、いままでのお相手と違って、それを跳ねつけて堂々と胸を張れるだけの感情をダニエルに持ってないからなあ、あたし。
初めて、ダンのお家に逃げ帰りたくなるような体験でした。
ちょっと説明的になりすぎました・・・。