16話
早絵視点です。
なんというか、この状況は、今まで恋人にしたこと無いタイプが珍しかったのと、自分の誘いに乗ってこないことにプライドが傷ついただけの結果じゃないか、と思う今日この頃である。
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こっちが疲労困憊でつぶれている間に、奴は本社の秘書課に連絡していた。
あたしと自分のスケジュールを調整させ、どんな小狡い手を使ったかは定かではないが、一週間の休みをもぎ取っていたのだ。
この土日とも含めれば、九日間もの大型休暇だ。
おいおいおい。
そりゃあ、多少は落ち着いたとはいえ、事態が完全に収束したとは言えないこの時期に、どうやって休暇を認めさせたんだコイツは。
アンタがトップで、休むのは一番後回しになる立場にいるくせに。
「よく、休みなんか取れましたね・・・」
「サエ、口調」
「・・・あー、徐々にということで」
純粋に疑問に思ったことを口に出せば、まったく違うことしか答えない。
この頓珍漢め。
「えーと、一応、二人とも要職だから、一度にまとめて休んでも支障が無いのかなー、と」
思いまして。
あたしは、自分で言うのも恥ずかしいが、三十路前にして大企業の社長の第一秘書なんて立場にある。
リビングに鎮座する、ベッドと見紛うばかりの大きさの白い革張りのソファにだらしなく寝そべりながらも、この一昼夜ずうーっと、どこへ移動するにもあたしを抱っこしたまま離さない上司を見上げる。
そりゃもう、寝るのからシャワーから着替えから、果てはトイレまで。
流石にトイレは泣いて嫌がったら勘弁してくれたけど。
鬱憤晴らしかどうか知んないけど、その後盛大に可愛がられましたけどねっ。
この状態で、別に逃げませんってば。
あたしも自分の身が可愛いので。
ていうか、そろそろまともな服が着たい。
ここ数日、ダニエルのシャツかバスローブしか身に纏う暇がないんですが。
「ああ、それなら大丈夫だ」
「へ?」
「いくら非常事態とはいえこの一ヶ月、日曜日に満足に休みを取れなかった社員は、俺と君だけだ」
え、そうなんですか。
みんな、実は見えてないとこでお休み頂いてたんですか。
言われてみりゃ、この一ヶ月、ダニエルは勿論のこと、あたしも色んな部署の人たちとお仕事してたから、次から次へと会社の中を回っていた。
ゆえに、その間の他の人の勤務形態を、そんなに知らない。
あたしはポジション故の使い勝手の良さも手伝ってか、たらい回しにされたけど、その部署に配属されたら、その仕事しか普通はしないよね、確かに。
そおいう理由で、今回、こんな急でも休みが取れた訳ね。
納得納得。
で、それについては疑問が解消されたわけだけども。
「そろそろ、自宅に戻りたいんです、いや、戻りたいんだけど・・・」
ぎろ、と睨まれて、慌てて口調を和らげる。
め、面倒臭いお人だな、マジで。
しかし、ここに連れ込まれる前から碌に帰れなかったから、埃っぽくなってる部屋が目に浮かぶ。
いい加減に掃除してやらなければ、廃墟になってしまう。
それに、一人暮らしが長い上に最近彼氏もいなかったから、家族でもない男が四六時中一緒というこの状態は息が詰まる。
「サエの家はここだろう」
「・・・・・・はあ?」
「荷物は業者に頼んで明日にでも運ばせるから」
「・・・・・・へ?」
突然、何を愉快なことをお言いになるのだ、この男は。
「君は、俺の想いを受け入れてくれた。ここに住むことのどこに問題がある?」
・・・問題だらけじゃないっすかね。
えええ、流石に同棲、いや、同居はハードル高すぎなんですけど。
上司の突拍子もない言動に、徐々に慣れていってるかもとか過信してごめんなさい神様。
だから、助けて。
縋るのが、そろそろ目に見えない存在になってきたことに、我ながら悲哀を感じずにはいられない。
困った時の神頼みともいう。
「ああ、籠りっぱなしだったから退屈した? じゃあ、今日はディナーにでも行こうか」
いえいえいえ。
休みの日は一日中お家でぐだぐだしてるのが大好きな人種ですのでお構いなくっ。
そんな、プライベートでダニエル・カーターと食事をしてるとこを人目(主に女性)に晒されたり、あまつさえパパラッチにスクープされようもんなら、首を括るね。
うきうきと、「この間のショップでドレス合わせに行こうか」なんてほざく上司の顔面にパンチ食らわせてやったら、気持ちいいだろうなあ・・・!
こちらの抵抗空しく、数日前に掻き集められた洋服の山から適当に選んで着せられ、仲良くおてて繋いで地下のパーキングまで連れて行かれる。
気分はまさにドナドナだ。