13話
もう暫く、早絵視点です
おかしい。
この状況、絶対に、おかしい。
結局、しくしくと泣き出したあたしを、おろおろしながらも素晴らしきバスルームに連れて行った男は、ふかふかのバスタオルと揃いのバスローブを手渡し、「ゆっくりしておいで」なんて言って、そっと体を降ろした。
最後のほっぺちゅーは余計だが。
ようやっと床に足がつき、なんだかほっとする。
当たり前だが、大の大人になってから誰かに抱っこされるなんて機会早々ない。
他にも気にすべき事柄は山ほどあるような気がするが、一度にあまりにも色んな事が続いたせいで、目下のことにしか目がいかなくなっている。
頭の冷静な部分では駄目だと判断できているが、なんだかもういい加減、色々面倒くさくなってきた。
何はともかく、熱いお湯を浴びれるチャンスは逃せない。
流石は高級物件。
ホテルみたいにぴかぴかに磨き上げられたバスルームが目の前に広がる。
脱衣所だけで家のリビングと同じくらいの広さだ。
こっちではよく見る大きめのユニットバスではなく、大人二人は楽に浸かれる猫足のバスタブに、シャワーのスペースだけを区切った洗い場。
独身男が一人で暮らすには充実しすぎるアメニティに、どれから使おーかなー、なんて目移りする。
やはり、家のお風呂では使えない、憧れの泡風呂に挑戦すべきだろうか。
・・・ホテルでもないのに、クレンジングや化粧水まで揃っていることに、突っ込むべきかどうかは最後まで悩むが、まあ、あるもんは使ってもいいよね。
******
結局、小一時間は、バスタブで遊んだ。
さっと化粧を落とし、埃っぽくなった髪や体をきれいにした後、作り付けの棚に大量にディスプレイされていた入浴剤で泡風呂を作り、しこたま遊んだ。
どれも一度は目にしたことのあるブランドばかりで、普段は縁が無い分、慰謝料代わりに多少消費しても罰は当たらないはずだ。
文句言われたら、弁償しよう。
いくら高価とは言え、たかが入浴剤だ。
ほこほこと湯気を立てながらバスルームを出たあたしを待っていたのは、真っ白いバスタオルと、揃いのバスローブだけだった。
うん・・・?
確か、洗ってないから申し訳ないけど籠が見当たらなかったから、洗面台の上にスーツやらシャツやら、ブラジャーもパンツもまとめて置いといたよね・・・?
なんで、あたしが身につけてた一式、なくなってるんだ。
えええええ。
こ、困った・・・。
取りあえず、いつまでも素っ裸でいるわけにもいかない。
ふかふかのタオルで水気を取ると、ややおっきめのバスローブに腕を通す。
うわあ、これ、気をつけてないとすげえずり下がる。
「終わったか?」
あたしがごそごそと動く音を察知したのだろう、黒のポロシャツにジーパンというラフな格好に着替えた上司が扉を開け、ひょこ、と顔を出した。
ちょ、自分の家とはいえ、人が風呂入ってんのに何勝手に開けてんだ。
ていうか、そんな気楽な格好でもにじみ出る美形オーラが・・・。
くそう、何度も言ってるけど、顔とスタイルがいいやつは得だなあ。
「・・・着替えの最中なんですが」
「もう、着てるじゃないか」
いや、それはそうですがね。
でも、この下、すっぽんぽんですよっ。
なんで、そういうデリカシーが無いんだ、この男は。
げっそりとそう思うが、こっちも連日のてんてこ舞いで疲れてたから、積極的にツッコミを入れる気力は残ってなかった。
それより、もっと切実な問題が目の前にある。
ここには、上司とあたししかいない筈だから、犯人はコイツだ。
「私が着てた服はどこに?」
「ああ、勝手だがクリーニングに出した。新しい服は用意したから、選んでくれ」
・・・・・・はあ?
まるで、昨日の夕飯の話でもするような気軽さでそう告げたダニエルは、あたしの腰に手を回し、いそいそとリビングにエスコートした。
ええ、エスコートされるような広さのお部屋ですけどね。
ヘタな一軒家より広いかもしんないな、このマンションって。
若干、現実逃避しながら連れて行かれた先には、ありとあらゆるジャンルの洋服がひしめいていた。
カジュアルからクラシックからガーリーからナチュラルからゴシックからパンクから、それはもう。
中には、これ、絶対あたしの趣味じゃないって分かるじゃん、というものまで混ざっている。
どゆこと、これ。
思わず目を白黒させたあたしに、不安感が煽られたのか、ダニエルは恐る恐るといった調子で口を開く。
「どれもサエに似合いそうだと思ったんだが・・・」
やっぱ、あたしが着る予定の服なのか。
まさかの、これ、全部・・・?
ヒロイン、だんだん面倒くさくなってきて、状況に流され始めています(笑)