12話
しばらく、早絵視点が続いてます・・・。
甘ったるくて重い、とろとろの蜂蜜に溺れている感覚。
・・・甘すぎて、胸やけがしそうだ。
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時間にして、たっぷり十五分以上は経っただろうか。
思う存分口の中を荒らされまくったあたしは、人生で初体験、舌が痺れるのを味わう羽目になった。
辛い物を食べた時や舌を火傷した時とは違う、単純に動かしすぎておこったものだ。
まるで筋肉痛の様な痛みは、顎にまで響いている。
地味に痛い。
ついでに、唇を離されたことで、いきなり深く息を吸い込んで肺は痛むわ、それによって喉はむせるわで、散々です。
だがしかし。
こっちはHPもMPも初心者も初心者だが、相手は百戦錬磨の戦士である。
十五分も満足に呼吸できずに軽い酸欠に陥っていたあたしは、ダニエルがジャケットを脱ぎ捨てたことにも、あたしのシャツの釦に手を掛けたことにも即座に反応できなかった。
「え、え、え、」
「・・・どうした?」
甘っ。
白砂糖に黒糖に蜂蜜にメープルシロップに、隠し味でキャラメルを混ぜ込んだような甘ったるい声音。
こ、こんな上司の声、秘書になって三年目になるけど、一回も聞いたことないわ・・・。
おまけに、腰に腕を回し、胡坐をかいた膝の上に乗せられ、おでこにちゅっと音を立ててキスする始末。
上司の相手が自分でなければ、この行動にもそれなりに納得するんだけど。
本格的に、どうしたんだろう、この人。
ここ最近の忙しさで、ついに人間の男として壊れたのか・・・?
多分、ダンもシャワーを浴びていないのだろう。
これだけ密着すれば、汗と男性用のコロンとかすかに香るシャンプーの混ざり合った、不快ではない程度に男臭い体臭に包まれる。
思わずその匂いに、ほにゃ、と絆されかかるが、相手の体臭がこれだけ分かるのならば、その反対も然りなのでは・・・。
い、今更かもしんないけど、いやぁーっ!
腕の中で大人しくしてたことをいいことに、顔面が唾液でしっとりするくらいキスの雨を降らしていた男は、突然、しかも先ほどとは比較にならないくらいの力でじたばたと抵抗し始めたあたしにぎょっとしたようだ。
しかし、腕の力は緩まない。
どころか、さっきよりも強まる腕の拘束に、少々パニックになったあたしは、後先考えずにますます抵抗する。
「離してくださいっ!」
「やっと捕まえたんだ、誰が手放すか」
そういって、痛いくらいに掻き抱かれる、というよりは縋られるが、こっちも切羽詰まってる。
だけど、こんなにも隙間が無いくらいひっついていたら、自由に手足も動かせない。
あああ、もう!
「昨日からお風呂も入ってないから、こおいうの、困るんですっ」
「は・・・?」
ううう、人がせっかく恥を忍んで告白したのに、そのぼけた返事は何なんだっ!
あんたがどう取ってるかは知らないが、こっちにとっては死活問題なんだぞ。
「だから、臭いとか、汚れとか・・・」
顔だって満足に洗ってないせいでほとんど取れかかってる皮脂でどろどろの化粧とか、長袖ばっかだからさぼり気味な無駄毛処理とか、とにかく、女の子(って歳でもないけど)には色々男には見せられない部分もあるんですっ。
昨日は不可抗力とは言え披露してしまったが、たるんだ腹肉とか、脂肪が落ちないふとももとか、ふよふよの二の腕も気になるが、今後見せるつもりはないのでスルーの方向で。
そんだけ女性経験豊富なら、察してくださいよ、もう・・・。
こんなしょうもないことで泣きたくないが、あまりの情けなさにこれまでの出来事が脳裏に走馬灯のようにぐるぐると回りだして、思わず半泣きになる。
途端におろおろとしだした上司は、「すまない」とか「気にしない」とか「いい匂いだ」とかほざいてるけど、これは、そおいうことじゃなくって、女の端くれとしての問題なんだよっ。
「・・・お風呂、入りたい」
思わずそう呟いたあたしの台詞にダニエルは躊躇いなく頷き、お姫様抱っこで運ばれる。
行き先は、多分、バスルーム。
それは素直に有難いけど、人が訴えてんのに懲りもせず、頭のてっぺんを頬で撫でるの、やめてくれませんか。
後からよく考えれば、この言動が一番最初にあたしが蹴躓いた、というか、墓穴を掘った部分であった。
てんぱって、傍から見ると『飛んで火に入る夏の虫』状態のヒロインです(笑)