10話
お気に入り登録、500件、ありがとうございます! あまりのことに、嬉しさでパソコンの前で固まりました(笑)
今回は早絵視点です。
女の本厄って、いくつだったっけ・・・?
少なくとも、数えで二十八歳ではなかったはずだけど、これは、もう神様のせいにでもするしか仕方が無い。
*****
無事、病院で薬を処方してもらい、その場で水を買って飲んだ。
肩の荷が下りてほっとしたのか、大きなため息が出た。
取りあえず、これで最悪のケースは避けられたか。
病院では、ティーンエイジャーに間違えられたことは業腹だけど、中国人の友達だってよく勘違いされるって言ってたし、東洋人は全体的に幼く見られる傾向がある、と無理やり自分を納得させた。
そうでもしなきゃやってられん。
少々気分が悪いが、自宅である赤レンガ色のアパートの壁が見えてきて、幾分気分が浮上した。
あたしが住んでいるアパートは築二十年の七階建ての五階の部屋。エレベーターはないけど、駅から十分という好立地。
日本での車の免許は持ってるけど国際免許は取ってないから、主な交通手段は電車のあたしには有難い。
一口にアパートといっても、日本の学生向けの狭っ苦しい間取りとは違い、こっちの住宅は広い。
その上、お家賃もそんなにお高くない。
まあ、これは場所とか立地条件によっても変わるけど。
大学を卒業したあたりからここに住んでいるから、もうそろそろお給料も上がったし引っ越そうかなー、とは考えているけど、いざ動くとなると億劫になってしまって今に至る。
だがしかし。
引っ越そう、今度ばかりは。
「随分遅いお帰りだな」
自宅ドアの前には、何故か上司がいた。
ネクタイこそしていないものの、休日にも拘らず仕立ての良い細身のスーツに身を包んだ男は、ぎろりとこちらを睨んだ。
その獲物を見定めた獣のような眼光の鋭さと、熱に浮かされたような血走った瞳も恐ろしいが、何かすごい駄々漏れている。
何がって色気が。
それも不健全さ全開の壮絶な爛れた色気が。
そんな男に見つめられてみろ。恐怖しか感じられない。
「あ、あの」
「近くに車を止めてるから、話はそこで聞こう」
あ、退路断たれた。
直感的にそう思ったが、ここで逆らうのは得策ではないだろう。
口調はオフィスで顔を合わせた時のように至極冷静だが、男が纏う空気とは落差が有りすぎる。
もたもたしてたら、突然腕をひねり上げるようにして強引に引き寄せられて、近くのパーキングに止めてある車の助手席に文字通り放り込まれる。
悲鳴を上げる隙も無いくらい、あっという間の犯行だった。
ゆ、誘拐ですよ、これ!
「ちょ、ボス」
「ダニエルだ。それと、シートベルトを締めろ。かなり出すぞ」
言うや否や、ぐん、とアクセルを踏み込み車は一気に加速する。
あたしは無様にもシートに顔を埋めるしかなかったのである。
だって、そうでもしなきゃ舌を噛む。
そんくらい、スピードが出てたはずだ。
事故を起こさなかったのが不思議なくらいだ。
*****
どうやら目的地に着いたのだろう。
薄暗い空間に、車は出た時と同じくらい唐突に止まった。
ここは、多分、駐車場、かな・・・。
あまりのことに頭がくらくらして即座に対応できなかったあたしは、気付けば社長様に担がれて、そう、まさに米俵の如く担がれていた。
急に高くなった視界に、文字通り地に足がつかない状態は、怖ろしいことこの上ない。
「ええーっ、うわ、降ろし」
「黙ってろ」
はい。
せめて、誰にもこんな姿見られませんよーに、というあたしの願いが天に通じたのかは定かではないが、幸か不幸か誰とも遭遇しなかった。
助けて欲しいけど、こんなの他人様に見られたく無いじゃんっ。
隅々まで磨き上げられたエントランスをくぐり、エレベーターに乗り込む。
そのまま上階のボタンを押し、箱は滑らかに昇っていく。
ちん、と小さく音を立てると扉が開く。
ゆっくりとエレベーターから出ると迷うことなく部屋の鍵を開け、二人分の身体を中に滑らせる。
そこで降ろしてくれるかともいきや、いくつも部屋があるマンションの最深部―――この部屋だけは見覚えのある―――多分主寝室のベッドの上に、今までの乱暴なしぐさとは打って変わって、脆い硝子細工を扱うような慎重な動作で降ろされた。
これって、なんていうんだっけか。
『振り出しに戻る』?
誘拐、ついでに拉致監禁も加わりそうな勢いです・・・。