生まれる命と……
だんだん風が涼しくなってきた。
そう感じる秋の朝だった。
病院の正面玄関に横付けされた高級車から、見たことのある男性が、見たことのある妊婦に寄り添って出てきた。
『ねえ、ママ、もう、出ていい?もう、出ていい?』
いつも聞いている『声』に、よく似た『声』。
そうか。あいつの弟が……。
妊婦とその付き添いとは違うところに向かって、俺は歩いて行っていた。
その先は、いつもの俺の職場。
でも、いつもと違う感じがする。
何だか、胸騒ぎがする。
何かが、聞こえる気がする。
胸騒ぎは、気のせいではなく、だんだん強まっていった。
そして俺は、胸騒ぎの正体に気付いた。
進行方向から、『悲鳴』が聞こえてきているのだ。
この『声』は、もしかして。
いや、でも、まさかそんな。
NICUに入った瞬間、俺の不安は、確信へと変わった。
荘太の容態が急変していた。
『わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!パパ!ママ!パパ!ママ!』
俺が荘太のもとへ来たときには、すでに医師たちによって心肺蘇生が始まっていた。
「ちっ、繋がらん」
主任が腹立たしげに受話器を置いた。
「荘太君の両親ですか?」
主任がうなずいた。
病院の入り口で見た光景を思い出した俺は、翠先生のPHSに電話をかけた。
来るかどうかはわからない。
それでも、知らせないわけにはいかない。
『死にたくないよ、死にたくないよ!』
荘太の『悲鳴』は続いている。
『荘ちゃん、頑張って!』
『ソータ!Fight!』
ベビーたちも、一生懸命荘太を励ましている。
荘太!死ぬなよ!
生きて元気に退院しろよ!
『パパ!ママ!諦めたくないよ!』
『荘ちゃん、頑張って!』
『荘ちゃん、死んじゃヤダ!』
荘太はいつだって、父親のことも母親のことも諦めないでいたじゃないか!
まだ諦めるなよ、なあ、パパのことも、ママのことも、大好きなんだろ?
心電図のモニターは最後の抵抗をするようなゆらゆらした波形を描いていた。
『パパ!ママ!一緒に生きていきたいよ!』
『荘ちゃん、頑張ってよ!』
『荘ちゃん!生きて!』
『荘ちゃん、あきらめちゃダメ!』
荘太の親はまだ来ない。
生まれてくる命が大切だということもわかる。
でも。
荘太だって、こんなに頑張っているのに、荘太の周りにこんなに人がいるのに、荘太の心は今、独りぼっちだ。
ピンポーン。
インターホンの音がし……。
ピンポーンピンポーンピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ……。
誰だか知らないけど、インターホン鳴らしすぎです!
インターホン、壊れちゃいますから!
かろうじてインターホンが壊れる前に、その人物は中へと招き入れられた。
スタッフの制止に気付かずに荘太のもとへとダッシュしていった人物。
それは、朝にも見かけた、荘太の父親だった。
『死にたくないよ!死にたくないよ!まだ生きていたいよ!』
「荘太!荘太!」
父親は荘太に駆け寄って、荘太の名前を一生懸命に呼んだ。
「荘太!」
そして、荘太の耳に顔を近づけ、大きな声で荘太を呼んだ。
その時だった。
『……パ…パ…………?』
一瞬、『悲鳴』が止んだのを感じた。