デート未遂
「あの翠先生、それって、どういう……?」
一方的に切られた電話を見つめながらため息をついた。
今日の俺は、服装も髪型もばっちり決めてきたというのに。
もう一つため息をつきながら、俺は昨日の出来事を思い出していた。
「笹岡君、明日、空いてる?」
それは、デートのお誘いなのではないかと思った。
そして、俺の予定が開いていると聞いた、翠先生の嬉しそうな笑顔を見て、俺は、これはデートのお誘いだと確信した。
なのに今、俺は……。
赤ちゃんを連れた女性が歩いてきた。
『ママと一緒におうちに帰れる!嬉しいな!』
この『声』は、あの時のあの子のものだ。
ということは、母親は河合さんという女性なのだろう。
一緒に退院できたということは、河合さんはちゃんと生きてあの子を産んだのだ。
少し顔をほころばせた俺は、はっと気づいて歩き出した。
翠先生に、この親子の後をつけるように言われていたんだ。
少し離れて女性の後ろを歩いて行った。
「笹岡君、お待たせ」
「先生も、尾行するんですか?」
「だって、笹岡君一人で後をつけてたら、ストーカーみたいじゃない?」
……ストーカーって、そんな!
「ところで、俺は、何をしたらいいんですか?」
「ん?ああ、あの子の父親って、誰なのかなと思って」
「あ、じゃあ、あの子が『パパ』って言ったら教えたらいいんですね」
俺たちは無言のまま、尾行を続けた。
河合さんは、人通りが多い通りをあえて選んでいるようだった。
こんな人通りの多いところで、『パパ』と言われても、どの人を見て言ったか、俺にわかるだろうか?
『あ、パパだ!』
エリートサラリーマン風の男性を見て、赤ちゃんが言った。
「今、あの子が『パパ』って言い……」
俺が最後まで言い終わる前に、翠先生はその男性のもとへと駆け出していた。
そして、エリートサラリーマン風の男の腕をつかんでいた。
「あなた、一緒に警察に行きましょうか?」
……はい?
「み、翠先生、何してるんですか?」
俺は、とっさに翠先生を止めた。
「ちょっと、笹岡君、何するのよ!」
「先生こそ、何してるんですか?」
「アイツはね、あの子のパパはね……って、あっ!」
翠先生の視線の先を追うと、先ほど翠先生に腕をつかまれていたはずの男は、もう追いつけないほどのところまで行ってしまっていた。
「あのね、笹岡君」
深いため息とともに、翠先生が言った。
「あの子のお父さんは、あの男は、河合さんをレイプした犯人なのよ」
そして、それがさらなる波乱の幕開けだと、俺は気付いていなかった。