『パパ』
『私が一なんだから!私が一番なのよ!』
『何で、私が三なのよ!ありえない!』
『二って中途半端。中途半端すぎるわ!』
今日、三つ子が入院してきた。
女を三つ書いて姦しいとは、よく言ったものだ。
『でも、あんた、一ってことは、この中で一番に、歳を取るのよ!』
『何ですって!きーっ!』
『どっちにしても、あたしは中途半端じゃない!』
歳を取るって言っても、数分の差だろうが。
『笹岡!ミルク!私が一番!』
『私よ!』
『私に決まってるじゃない!』
『オマエラ、ウルサイヨ!』
『何ですって!』
『何よ、外国人!』
『アメリカ人!』
『ダマレ、ニッポンジン!』
ちなみに、この部屋の中は、サラ以外全員日本人なのだが。
『……』
『……』
『……』
『ワタシ、ニホンゴヨクワカラナイアルヨ』
さっきまで、めっちゃ日本語話してましたよね?
三つ子に翻弄されているうちに、面会時間が訪れた。
インターホンが鳴った。
「川嶋です」
今日は梓のところが一番乗りだ。
少しして、梓の父親が入ってきた。
『オジサン、ママは?』
梓の発言を知ってか知らずか、父親は、梓に話しかけた。
「今日なあ、ママ、風邪ひいちゃって、あずにうつすといけないから、おうちで休んでるんだ」
『ふーん、そうなんだ』
再びインターホンが鳴った。
「山田です」
今度は三つ子の両親が現れた。
『ママ!パパ!私と抱っこして!』
『私を抱っこして!』
『私でしょ!私を抱っこして!』
三人娘のうるささに拍車がかかった。
『わーい!ママ!大好き!やっぱり一が一番なのね!』
そういう問題ではないと思う。
『ちっ!パパ!あたしを抱っこして!』
『私に決まってるじゃない!あんた!どいてなさいよ!』
どくも何も、君たちのベッドはちゃんと別れているぞ。
『わーい!パパ!大好き!やっぱり男の人は若い女の子が大好きなのね!』
そういう問題でもないと思う。
『ねえ、パパ!ママ!二は中途半端だからダメなの?中途半端すぎるの?』
きっと、違うと思う。
うるささに磨きのかかった三人娘から離れ、静けさを求めてたどり着いたのは、荘太のところだった。
今日も、荘太の母親は来ていない。
来るはずがない。
だって、荘太のばあちゃんが、いつだったか、荘太の母親に外出を控えさせていると言っていたのを聞いたから。
あんなに近くまで来ていたのに。
もう一歩踏み出せば会えるところまで来ていたのに。
『笹岡、気にすることはない』
荘太は穏やかに言った。
『ちゃんと、わかっているから』
俺は、荘太の顔を覗き込んだ。
荘太は俺の目を見つめた。
その目には、一点の曇りもなかった。
『父親が忙しいことも』
荘太は、本当に、それでいいのか?
『弟が生まれるまでばあちゃんが母親の外出を許さないだろうことも』
ずっと耐えて待っている荘太に、こんなひどい仕打ちがあっていいのか?
『俺は、弟が無事に生まれれば、それでいいと思ってる』
なあ、荘太。
弟が無事に生まれたら、荘太の家族が皆、荘太の弟に愛情をかけるようになったら、誰が荘太を愛してくれるんだ?
荘太が帰る家にはあのばあさんもいるんだぞ?
なあ、荘太。
荘太がそんなに苦しむことないんじゃないか?
それならいっそ……。
ふと、顔を上げた。
梓がすやすやと眠っているのが見えた。
父親の、腕の中で。
こうしていると、本当の親子にしか見えない。
『……んー、パパ』
目を覚ました梓は、すごく驚いた様子で、父親を見上げた。
そして、その視線の先は、父親が、梓を見つめる優しい眼差しとぶつかった。
梓はもう、気付いているのだろう?
梓が『オジサン』と呼んでいたその人は、誰よりも優しい眼差しを梓に向けて、君のためにいつも一生懸命で、いつだって君にたくさんの溢れんばかりの愛情を注いでくれていることに。
面会時間の終了を告げる音楽が鳴り始めた。
名残惜しそうな顔をして、父親は梓をベッドに戻した。
『待って!ねえ、待って!』
梓がぐずりだし、父親は振り返った。
「帰る前に、もう一度だけ」そっとそう呟いて、父親は梓を抱っこした。
梓は、素直にぐずるのをやめ、父親を見つめた。
『あのね、あのね』
父親には恐らく届いていないであろう『声』で、梓は父親に語りかけた。
『もう一度呼びたいの』
父親の優しい瞳を見つめて語りかけていた。
『パパ、って』
思わず笑みがこぼれそうになった。
こんな奇跡が、この世にあっだんだ。
『私、パパのこと、パパって呼べて、すごく、幸せだったの』
梓は、なおも嬉しそうに父親を見つめていた。
『明日も、明後日も、これからずっと、ずっと、呼びたいの』
こんな日が、いつか来たらと願っていた。
『パパ』
この『声』が、梓のパパに届いていたらどれほど幸せなことだろう?
『パパ、あのね』
暖かい眼差しで顔を覗き込んでいるパパに、梓は言った。
『ホントは、パパの抱っこが一番好きなの』
梓のパパも、気付いただろう。
自分の想いがちゃんと伝わっていることに。
だって、梓が飛び切りの笑顔を見せたから。
血の繋がりはなくても、想いは伝わる。
血の繋がりなんてなくても、家族になれる。
ふと、俺は、傍らにいる荘太を見た。
なあ荘太、これ以上苦しまなくてもいいんじゃないか?
あの家族に、こだわること、ないんじゃないか?
俺は荘太を抱き上げて、ボソッと呟いた。
「荘太、俺んちの子になるか?」
『……?』
『ナンデヤネン!』
サラ先生、荘太の代わりにツッコミ、ありがとうございます。