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君の偽物

 長かった一日が終わって、新しい朝がやってきた。

 もう、さやかの隣のベッドに崇はいない。

 崇の手術はすごく難しく、成功率が低いものだったと後から聞かされた。

『なぁ、元気出せよ!』

『泣くなって!』

『元気出しなさいよ、紗代』

 紗代は、昨日の衝撃がいまだに忘れられないようだった。

『だって、だって、崇君、昨日の朝まであんなに元気に……』

 紗代はしくしく泣いている。

『崇は幸せだったって言ったんだからさ』

 荘太までもが励ましの言葉を言っている。

『でも、さやかちゃんを置いていくなんて、さやかちゃんが可哀想だよ!』

 紗代の涙は止まらない。

『さやかちゃんに二度と彼氏ができないかもしれないよ!』

『紗代、あんた、ケンカ売ってる?』

 さやかは気丈に振る舞っていた。

 それでもやはり、時折寂しそうな様子が垣間見えた。


 昼休みになって廊下を歩いていると、向こうから翠先生が歩いてきていた。

 先生が手にしているものを見て、あることを思いついた俺は、先生のもとへ駆け寄った。

 ところが、俺を見て踵を返す翠先生。

 何で引き返すんですか?

 何で、そんな猛ダッシュなんですか?


 あっ!

 やっとのことで俺は、昨日勢いで告白したことを思い出した。

 思わしくない結果になることは予想がついている。

 でも、とりあえず先生、逃げないでください!

 俺が、ストーカーみたいですから!


 何とか先生に追いついた俺は、翠先生に事情を説明した。

「何だぁ、そういうことか、私てっきり」

 そこまで言って、先生は慌てて口をつぐんで、自分のデスクへと走って行った。


 翠先生からもらったある物を手に、俺はNICUへと戻った。

 さやかのところへ歩み寄り、それをそっと目の前に出した。

 それは、崇の写真だった。


 翠先生のデジカメを見た俺は、ある時の崇の言葉を思い出していた。

 それは、生まれて初めて写真を撮られた崇に、写真がどういうものかをさやかが説明した時だった。

 崇は、目をキラキラ輝かせて言ったのだ。

『離れ離れになっちゃっても、皆の写真があったら、寂しくないね』


 しばらく写真をじっと見ていたさやかは、目を伏せた。

『でも……』

 小さな『声』で、さやかはつぶやいた。

『でも、そこにいるのは、本物の崇じゃないから、寂しいよ』

 そして、さやかは静かに泣いた。

 さやかの傍らに置かれた写真の中の崇は、何でさやかが泣いているのかわからないかのように目を丸くしていた。


 それから数日が経ち、さやかの退院の日になった。

 偶然にも、大親友の紗代も一緒に退院だ。

『元気でな!』

『戻ってくるなよ!』

『皆、ありがとう!』

『さやか、いい人見つかるといいな!』

『ありがとう、でも、余計なお世話』

 ベビーたちはそれぞれに別れの挨拶をしていた。


 別れの挨拶が一段落したときに、ふと、紗代がさやかに話しかけた。

『さやかちゃん、もう大丈夫?』 

『当たり前よ!』

 さやかは、しっかりとした『声』で言った。

『だって、宇宙一幸せになってやるんだもの、くよくよなんかしてられないわよ』


 さやかは、その悲しみを乗り越えたのだろうか?

 それとも、強がっているだけなのだろうか?

 いずれにしても、さやかが自分の口から言葉を発するようになった時、さやかはここでの出来事を忘れてしまうのだろう。

 崇との思い出も。

 悲しい別れがあったことも。

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