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泣かないで

 双子のベッドの間に、双子のママが座っている。

 溢れんばかりの笑顔で母親の気を引こうともぞもぞ動く双子。

 実に、微笑ましい光景だ。

 あいつらの『声』が聞こえなければ。

『ママ、ママ!』

「あら、どうしたの?」

 もぞもぞ動く悠悟を母親が抱っこした。

『また、おっぱい大きくなった?』

 『声』が聞こえていない母親は、そのまま悠悟をあやしている。

『ママ、ママ!』

「あらあら、どうしたの?」

 今度は翔悟がもぞもぞしだして、母親は翔悟を抱っこした。

『今、何カップ?』

 母親は、まさかそんな『セクハラ発言』が飛び出しているとは知らずに、翔悟をあやしている。

 母親に対してまでセクハラ発言全開っていうのは、ある意味すごいのかもしれない。

 そんな森田親子に感心しているうちに面会時間が終了した。

 面会者たちは帰っていき、残った大人は職員だけとなった。

『ねえねえ』

 崇が誰にともなく話しかけた。

『何で、荘ちゃんのママは来ないの?』


 一瞬、全員が言葉を失ったのを感じた。

 たとえそのことを気にかけていたとしても、誰もが心のどこかで聞いてはいけないと感じて聞けないでいた質問を、崇はいとも簡単に言ってのけてしまったのだった。

『俺の母親は、ちょっと、病気なんだ』

 気まずい沈黙を破ったのは、質問をされた荘太だった。

『ボクのママは、病気でも車椅子に乗って来てくれたよ!』

 崇は一歩も引かない。

 病気でも、何でも、母親に来てほしい。

 その顔が見たい。

 その手で触れてほしい。

 それは、ベビーの誰もが抱いている想い。

 そんな想いを荘太だって抱いているに違いない。

 きっと、崇は荘太を思って言っている。

 でも、これ以上言わないでくれ。

 これ以上、荘太に悲しい現実を、突きつけないでやってくれ。


『崇、荘ちゃんは……』

 言い返せないでいる荘太をさやかが必死でフォローしようとした。

『荘ちゃんだけ、ママが来ないなんてかわいそうだよ!』

『崇!』

 崇はとうとう泣き出してしまった。

 荘太が素直に泣けない分、崇が泣いてくれているんじゃないかと思った。

『笹岡!何ボケッとしてるの!抱っこ!』

 急にさやかにすごい剣幕で言われて、とっさにさやかを抱っこした。

『バカ!違う!崇を抱っこして!』

 0歳児にバカって言われた。

 少し凹みながら、崇の元へ行った俺は、本当に、自分は大馬鹿者だと気付いた。

 崇の唇、そして指先は紫色になっていた。

 崇はチアノーゼを起こしていたのだ。

 さやかよりも重い心臓病を患っている崇は、泣くとチアノーゼを起こすのだ。

 だから、さやかはいつも、崇が泣かないように気を付けていたのだ。

 先輩看護師から、散々、気を付けるように言われていたのに。

 0歳児よりも気の利かない自分に嫌気がさした。

 それでも、凹んでいる場合じゃない。

 とにかく、崇がこのまま泣き続けたら状況は悪化する一方だ。

 抱っこして、なんとか落ち着かせようとした。

 驚いた様子の荘太。

 心配そうに見守るさやか。

 しばらくしてやっと崇は落ち着いて、眠り始めた。

『俺の分まで泣いてくれて、ありがとな』

 静かになった部屋で、荘太がそっと言った。


 やがて、全員が眠ってしまい、静かになったNICU。

 出入り口のところから『声』が聞こえた。

 何で、そんなところから?

 出入り口へと向かった俺は、NICUのインターホンの前でしゃがみこむ女性を見つけた。

 『声』は彼女のお腹の中から聞こえてきていた。

『ママ?どうしたの?気持ち悪いの?』

「どうかされましたか?」

 声をかけたとたんに、女性は走り去って行ってしまった。

 妊婦が、猛ダッシュしないでください。

 それにしても、さっきの『声』、すごく荘太の『声』に似てた。

 もしかして、さっきの妊婦!

 荘太、荘太のママはすぐそばまで来ていたかもしれないよ!


 NICUに戻ると、双子が起きていた。

『おう、笹岡、ママが何カップか聞いてきてくれたのか?』

 頼まれたって、聞きません!

いときりばさみのそんなにわかりやすくもない用語解説

・チアノーゼ……手先足先や唇が青紫色になること。血中の酸素が少ない状態らしいとウィ●ペディアさんが教えてくれました。

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