男のロマン
「はい、チーズ!」
最近、翠先生がよくベビーたちの写真を撮りに来る。
『翠先生、何それ?何それ?』
初めて見るデジカメにびっくりしている湯川ベビーを写真に撮ると、翠先生は早速写真を見直した。
「どれどれ、おやおや崇くん、おめめくりっくりだね!」
『ボク、栗じゃないよ!崇だよ!』
「今、崇くんは、何か『言って』た?」
「ボク、栗じゃないよ、崇だよって」
そして、翠先生は、たいてい俺に『通訳』をさせる。
からかわれているんだか、本当に信じてもらえているんだか。
翠先生は、そんな俺の考えなどお構いなしに、隣のベッドのさやかのところへと向かった。
「さやかちゃん、はい、チーズ!」
『先生、可愛く撮ってね!』
さやかは絶妙なタイミングで満面の笑みを見せた。
ある意味、すごい才能だ。
「さやかちゃん、可愛い!すごい!私、ベストショット撮っちゃった!」
『当然よ!ここ数か月間ずっとさりげなく一番いいタイミングで微笑む練習してたんだから!』
親が知ったら切なくなりそうだな。
「笹岡君、さやかちゃんは何か言ってた?」
ここにも一人、切なくなりそうな人がいた!
「えっと、あの、その、可愛く撮ってくれてありがとうって」
一瞬先生は、疑惑の眼差しをこちらに投げかけてきた様な気がしたが、先生のほうを見ると既に、荘太にカメラを向けていた。
「荘ちゃんも、撮っていい?」
って、もう撮り始めていますよね。
「今、ぐっすり眠っているので、どうぞ」
って、もう撮り始めていますよね。
「本当にぐっすり寝てるね」
そう言いながらも、何度かシャッターを押したのち、
「よし、荘ちゃんの寝顔、ゲット!」と、翠先生は満足げに病棟を去って行った。
『ねえねえ、さやかちゃん、翠先生は何してたの?』
聞きたがり屋の崇が隣のさやかに話しかけた。
『写真を撮ってたの。』
『しゃしん?何、それ?』
『うーん、写真っていうのはね、何って言ったらいいかな?』
大人の俺でも困るような質問をされて、さやかは言葉に詰まっていた。
さやかは少し考えてから話し始めた。
『例えば、崇が今、目の前にある景色と全く同じものを見たいとするでしょ?』
『うん』
『そんな時に、写真、を撮ると、その景色と全く同じ景色が、明日も明後日も、いつでも見れるのよ』
『すごい!』
崇は目をキラキラさせている。
少しの間、大人しくしていた崇が思いついたように言った。
『それって、写真って、誰かの顔とかも何回も見れるの?』
『そうよ、だからさっき、翠先生も……』
『じゃあさ、皆が退院して離れ離れになっちゃっても、皆の写真があったら寂しくないね!』
『そうかしら、でも……』
『あーっ!』
『しまった!』
さやかの話は、中断させられた。
『翠先生にパンツの色聞くの忘れてた!』
『ボクも、忘れてた!』
セクハラ双子によって。
『笹岡も忘れてちゃダメじゃないか!』
何で俺まで?
『笹岡だって、翠先生のパンツの色聞きたいだろ!』
俺が聞いたら本当にセクハラになっちまうだろ!
『あんたらねぇ』
さやかは呆れている。
『おい!崇、お前も聞き忘れただろ!ダメだぞ!』
『そうだぞ、女の人を見たらまず、パンツの色を聞くんだぞ!』
『あ、ごめん』
セクハラ双子よ、純真無垢な崇に変なことを教え込むなよ。
『ちょっと、悠悟・翔悟!』
とうとう耐えかねたのか、さやかが『声』をあげた。
『あんたら、いいかげんにしなさいよ!』
いいぞさやか、頑張れ!
『崇も、アイツらの言うこと信じなくていいから』
『そうなの?』
『当たり前よ』
えらいぞ、さやか!
『さやかってば、女の子なのに自分のパンツの色聞いてもらえないからって拗ねちゃって!』
絶対違うと思う。
『さやかのパンツは何色なの?』
しかも聞いてる!
さやかは、ため息まじりに言った。
『あんたらと同じ、オムツよ』
そりゃあ、そうだ。
『……』
『……』
『なんか、ごめん』
『ホント、ごめん』
セクハラ双子が謝った!
さすが、さやか!
これにて一件落着かと思いきや、ものすごく不服そうなベビーが一人いた。
『ひどい!』
それは、崇だ。
『ボクが一番最初にさやかちゃんのパンツの色聞きたかったのに!』
いや、それ、聞いても、さっき残念な結果は聞こえてきただろう?
『楽しみにしてたのに!』
『崇、そんなに怒ることじゃないでしょ?』
さやかが少し慌てた様子で言った。
『崇にも、パンツの色教えるから!』
『でも、一番が良かったんだもん!先に翔悟君が聞いちゃったんだもん!』
崇がぐずり始めた。
『崇、泣いちゃダメ!』
『だって、だって!』
『崇、聞いて!』
慌てた様子でさやかが言った。
『今度、崇にだけ、私のスリーサイズ、教えるから!』
うーん、見た感じ、B40、W40、H40てとこか?
って、そんなん聞いても嬉しくないだろ!
『ホントに?』
あ、崇、機嫌なおった。
ほんの少しだけ、崇の将来が不安になった昼下がりだった。