表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

優しい人

作者: Wataru
掲載日:2026/02/06

あの人は、優しい人だった。


 誰にでも親切で、頼まれごとは断らないし、重い荷物を持っている人を見ればすぐに手を貸す。子どもにも、お年寄りにも、同じように笑っていた。


 だから、みんなに好かれていた。


 ――少なくとも、私はそう思っていた。


 


 最初に違和感を覚えたのは、会社の後輩が辞めたときだった。


「急に来なくなったんですよね」


 同僚は困ったように言った。


「え? 退職の挨拶もなしに?」


「え? 誰の話です?」


 後輩の名前を出すと、同僚は首を傾げた。


「そんな人、いましたっけ?」


 


 おかしい。


 彼は確かにいた。

 毎日顔を合わせていたし、飲みにも行った。


 だが、机は片付けられ、名簿にも名前はない。


 最初から存在しなかったみたいに。


 


 次は、近所の八百屋だった。


 気さくな店主で、いつもサービスしてくれていた。


 ある日店が閉まっていて、数日後にはシャッターに「テナント募集」の紙が貼られていた。


「ここ、昔から空き店舗ですよ」


 隣の店の人はそう言った。


 


 そんなはずがない。


 だが、写真も、レシートも、何も残っていない。


 


 消えている。


 人が。


 最初からいなかったみたいに。


 


 気味が悪くなって、あの人に相談した。


 優しいあの人なら、何か分かるかもしれないと思った。


 


「気のせいじゃない?」


 あの人は、いつもの笑顔で言った。


「疲れてるんだよ」


「でも――」


「大丈夫」


 肩を軽く叩かれる。


「気にしなくていいよ」


 


 その手は温かくて、少し安心した。


 優しい人だから。


 きっと、私の勘違いなんだろう。


 


 家に帰って、ふと思った。


 


 ――あれ?


 


 どうして私は、

 この人の名前を知らないんだろう。


 


 スマホの連絡先を開く。


 登録はある。


 でも、名前の部分だけが空白だ。


 写真もない。


 メッセージ履歴も、途中からしか残っていない。


 


 心臓が嫌な音を立てる。


 


 思い出そうとするほど、

 記憶がぼやけていく。


 


 優しい笑顔だけが、はっきり浮かぶ。


 


 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。


 


 ドアを開ける。


 


 あの人が立っていた。


 


「大丈夫?」


 優しく笑う。


「顔色悪いよ」


 


 名前が思い出せない。


 どこで出会ったのかも分からない。


 


 でも、怖いとは思わない。


 だって――


 


「俺は、優しい人だからさ」


 


 そう言って、

 あの人は、私の肩に手を置いた。


 


 その瞬間、


 


 ――ああ。


 


 消えるんだ。


 


 私も。


 


 優しい人に、優しくされて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ