本当に、申し訳ございませんでしたっ!
「本当に、申し訳ございませんでしたっ!」
ラピスが退室してすぐのこと。部屋に入ってくるなり、リルが勢いよく頭を下げた。
「え!? いや、痣は別にリルさんのせいじゃないっていうか……」
「ええ、その件は聞いておりますけれど、元はと言えば私がお茶をこぼしてしまったのが、騒ぎの原因ですもの」
リルは申し訳なさそうに言うと、再び頭を下げる。
「いやいや、頭を上げて! お茶だって、手が滑ることくらい誰でもあるよ」
「うう、浅緋さま、お優しいですわ……」
頭は上げてくれたものの、『しゅん』という効果音が見えるほど萎れてしまっている。
どうすれば元気になってくれるか考えていると、リルが「あの……浅緋さま」と呼びかけてきた。
「あの時、聞き間違いでなければ、その、陛下のこと……」
「ラピスのこと?」
浅緋が言うやいなや、リルは「ああっ!」と叫んで仰け反った。
「えっ、何!? あっ!」
そういえばラピスって王様なわけだし、余所者に王様を呼び捨てにされたら良い気分はしないか!
「ご、ごめん。えっと、ラピス陛下のこと?」
浅緋が慌てて言い直すと、リルが首を振った。
「違いますわ、浅緋さま。もちろん驚いたのもありますけれど、それより私、嬉しかったのですわ」
思ってもみなかった返事に、「え」と声が漏れる。
「浅緋さま。……私は、陛下が楽しそうにお話しされているところを、見たことがございませんわ」
「ええ?」
そんなまさか、と言おうとして、ハッとする。
ラピスは言っていたではないか。魔王には威圧の力があり、誰も顔を見て会話することすらできない、と。
そのような状態で、誰かと談笑することなど……ましてや普通の友人付き合いなど、できるはずもない。
「リルさん、もしかしてラピスは誰とも……」
浅緋の表情から、気付いたことを察したのだろう。リルはそっと目を伏せた。
「私、幼いころに一度だけ、偶然陛下のお顔を見てしまったことがございますの。……私は気付けば悲鳴をあげていて、気絶しておりましたわ。翌日、陛下は私に、お手紙をくださいました。『私の不注意で恐ろしい思いをさせた、すまない』とあって、私は……っ」
リルがエプロンドレスをぎゅっと握りしめて続ける。
「あの時感じた感情は、悔しさによく似ておりましたわ……ねえ浅緋さま、陛下は本当に、お優しい方ですの。でも、どうしたってこの世界の住人では、陛下の隣に立つことなんてできない。浅緋さま。浅緋さまがこの城にいらしたこと、どうか運命であってほしいと、私は願っておりますわ」
最後にリルは、「勝手な願いですけれど」と困ったように笑った。
なんと答えるべきなのか、じっくりと考える。浅緋は、まだラピスの威圧の力を実感できていない。浅緋が今この場所にいるのは、たぶん運命というよりは運が悪かったせいだ。リルの願いを否定する訳では無いが、全肯定するのは不誠実な気がする。
だから浅緋は、本心のままを伝えることにした。
「オレはまだ、威圧の力とか、ラピスやこの世界の人たちが抱えているものとか、わかるって言えるほど、わかってないと思う」
リルの顔を見て、「でも」と続ける。
「そういう色んなものがわからないままでも、ラピスの優しさとか誠実さは伝わってきたし……オレはラピスと仲良くなりたいって、思ってるよ」
「これはこれで、オレの勝手な願いだけどね」と締めくくる。
リルは少しだけ目を見開いてから、やわらかく微笑んだ。
「浅緋さまの専属お世話係として、そして友として、私は浅緋さまを誇りに思いますわ」
次、ラピスに会った時、ヴェールを外してもらえないか、お願いしてみよう。
浅緋はひそかに決意した。




