君も私を裏切るのか
「そうか……君も、私を裏切るのか」
シロ――大魔法使い・ブランの言葉に、白桜が泣き出しそうに笑った。
「否定しないのな」
「しないさ。なぜわかった?」
「前の勇者――萌黄の日記を読ませてもらった。なあ、お前のその姿、萌黄なんだろ。本物の木村萌黄はどこだ?」
「そこまでわかっているのなら、勘づいているのだろう?」
「それでも、お前の口から聞きたい」
地面に這いつくばったまま、ブランが萌黄の顔で、嘲るように笑う。
「私の手で殺した。萌黄も、これまでの勇者も、全員。私の、この手で」
一瞬、全ての音が止んだ。浅緋はいつの間にか息を止めていたことに気付き、そっと息を吐き出した。それでも、浅い呼吸しかできない。
白桜が何も言えないと見ると、ブランが再び口を開く。
「身体を乗っ取る魔法は、開発こそできたものの効率が悪くてな。まず、相手を一度殺しておく必要がある。それに、ご覧のとおり勇者の加護も、乗っ取ってから少しの間しか有効じゃない。お陰で何度も異世界人を召喚する羽目になった」
ブランは、やれやれ、とでも言うように首を振る。白桜がギュッと拳を握りしめるのが、浅緋の目にもわかった。
「なあ……身体を乗っ取るために、俺たちを召喚したのか?」
「そんなことはない。元は私とて、仲間になってほしくて召喚しただけだ」
「じゃあなんで――」
「裏切ったのはお前たちだろう!」
ブランが突然吠えた。
「はじめは皆協力するような顔をするくせに、最後には裏切って! 私が何度傷ついてきたと思っている!」
ブランが、感情が迸ったように叫ぶ。それは怒りというよりも、赤子が泣き叫ぶ姿に近かった。
「なあ白桜、お前、魔獣を殺すのに抵抗があると言っていたな。私が異世界人を殺したかったと思うか? 私はあいつらの、声も、笑顔も、嫌いな食べ物だって知っていたんだぞ!」
気付くと、歯を剥き出して笑うブランの目から、涙が溢れていた。白桜がブランに向けて、一歩踏み出す。
「やめろ、来るな……」
ブランの顔が、怯えたように引き攣った。白桜はまた足を踏み出した。
「殺されたいのか!」
ブランが叫ぶ。それでも、白桜は歩みを止めない。
ふと視線を感じて目をやると、ラピスがこちらを向いていた。止めたほうが良いか、と言うように二人の方を指さすラピスに、首を振る。ブランは多分――
「シロは俺のこと、殺さないだろ」
白桜の言葉に、ブランが目を見開く。白桜は躊躇いなく、倒れたブランの目の前に跪いた。ブランがその気になれば、いつでも殺せるような距離だ。白桜はやっぱり、無謀で力強い。
ブランが仰向けに寝転がり、両手で顔を覆う。
「今更、許されるわけないじゃないか……」
白桜が首を振る。
「違うだろ、シロ。お前のことを許せないのは、お前自身なんだろ?」
ブランが嗚咽を漏らした。もはや勝敗は、決したも同然だった。
「シロ、確かにお前がしたことは許されないよ。でも、それなら償えば良い。俺も手伝うよ、仲間だから」
白桜は「な?」と優しく言うと、ブランに手を伸ばした。ブランが伸ばした震える手を力強く取り、引っ張りあげる。
白桜が、浅緋とラピスのほうを見て、ニッと笑った。それを合図に、ラピスがよく通る声で告げる。
「スタル、大魔法使い・ブランを拘束しろ。ブランの身柄はマーシュ国にて預かる」
「はい」
スタルが深く頭を下げ、ブランのほうへ歩み寄る。浅緋はようやく、深く息を吐いた。
と、その時だった。
「え」
その声が、誰のものだったのかはわからない。白桜か、ラピスか、四魔賢か、浅緋自身か、はたまたブランだったのか。
それほど、誰もが状況を理解できなかったのだ。
ブランの腹に、深々と勇者の剣が突き刺さった、この状況を。




