早朝の森は、とても心地がよい
早朝の森は、とても心地がよい。
木々の間を通り抜ける風が、程よい冷たさで頬を撫でる。頭上からは、可愛らしい鳥の鳴き声が降り注ぐ。
そんな中、賑やかな声が聞こえてきた。
「ったく……おい白桜、こんな朝っぱらからこんな場所まで来るとか、何考えてんだよ」
「うーん、あと三時間……」
「おいマゼンタ、前を見て歩け。転びたいのか」
目を擦り、あくびをしながらやって来る、見るからに眠そうな男女四人組は、勇者パーティ一行だ。歩くたびに、荷物や装備がガチャガチャと音を立てる。
先頭を歩く白桜が、三人を振り返った。
「着いた、ここ……」
言っている途中で、白桜が咳き込んだ。イェイロとシロが、心配そうに白桜の背を撫でる。
「おい白桜、風邪気味なんだろ。やっぱり今日は休もうぜ」
「ああ。無理をする必要はない。安全と健康が第一だ」
白桜は立ち上がると「大丈夫、ありがとう」と微笑んだ。
と、その時だった。突如白桜の顔が、黒い霧に覆われた。
「なっ……!」
イェイロとシロが慌てた様子で距離を取る。黒い霧は頭から足先まで広がり、白桜の姿が完全に見えなくなった。霧が次第に晴れていくと、そこには白桜ではなく、四十代程度の、背筋の伸びた男が立っていた。その男の頭から角が生えているのを見て、イェイロとシロは目を見開く。
「魔族……!」
「テメェ、白桜に何しやがった!」
イェイロとシロ、そしてようやく覚醒したらしいマゼンタが、各々武器を構える。
しかし、魔族の男は質問に答えなかった。腰から提げたままの勇者の剣をひと撫でするが、抜くことはしない。そのまま、迷いのない足取りで一本の木のほうへ歩み寄る。
その一部始終を、浅緋は茂みの陰から、白桜とタンともに見つめていた。
うーん、さすがだ……。
浅緋はスタルの有能さに、改めて唸った。
スタルが白桜のフリをする上で、一番の課題になったのが、言語だった。こちらの世界の共通語ではなく、日本語を使わなければ、不自然だ。浅緋が急遽スタルに日本語を教えはしたものの、短期間ではさすがに限界がある。
そこで、仮病を使うことにしたのだ。
風邪気味なことにすれば口数が少なくても怪しまれないだろう、程度の考えだったのだが、スタルの演技は完璧だった。迫真の咳すぎて、浅緋まで体調が悪いのか心配になったくらいだ。
スタルの動きを、勇者パーティの三人が怪訝そうに見つめる中、スタルが木の前に跪く。
瞬間、周りの景色がサッと変わった。
勇者パーティを中心に、森の中にぽっかりと空間が開けた。勇者パーティを包囲するように、四人のマーシュ人が跪いている。ヴェールで顔を隠した、四魔賢だ。
勇者パーティの三人は、応戦すべきか一瞬迷ったようだ。しかし、そんな暇はなかった。
跪いたスタルの目の前に、一際大きな馬車が現れたからだ。
周囲の幻術をすべて解除したスタルが、口を開く。
「陛下、勇者一行をお連れしました」
返事の代わりに、馬車の扉が内側から開く。中から、漆黒の肌を持つ長身の男――ラピスが姿を表した。
あれ、ヴェールを手に持ってる、と思った浅緋は、気付くのが一瞬遅れた。
その場の空気が、一変したことに。
「ヒッ……」
声にならないような音が聞こえて目をやると、勇者パーティが腰を抜かしていた。世にも恐ろしいものから距離を取ろうとするかのように、震える後ろ手で、なんとか後退しようと試みる。しかし、身体が思うように動かないらしく、ベシャリと地面に倒れ伏した。
「な、なんで……魔王が……っ」
シロが絞り出すように言う。
浅緋は思わず隣にいる白桜を見た。しかし、白桜の顔に動揺の色は見えない。ただまっすぐに、震える三人の方を見つめているだけだ。
勇者の加護は、勇者自身がかける相手を選べると教えてもらった。つまり、三人に魔王の威圧が効いている間は、白桜は裏切っていないということになる。威圧が効いているかを判断できるのか疑問だったが、ここまでわかりやすければ一目瞭然だ。
ラピスが一歩足を踏み出し、三人の方を見据えた。
「これより、魔法の使用を禁じる」
それは、不思議な響きをともなった声だった。いつものラピスの声が何重にも重なり、重低音の波が押し寄せたように感じる。ラピスが威圧の力を自らの意思で行使するところを見るのは、初めてだった。
ラピスがこちらを見て頷き、ヴェールを身に付ける。それを合図に、白桜が立ち上がった。
怯えるように丸まっていた勇者一行が顔を上げ、驚愕に目を見開いた。
「白桜……っ!?」
「そんな、どうして……」
白桜は質問には答えず、倒れ伏したシロの正面に、距離を空けて立ち止まった。
「シロ――いや、大魔法使い・ブラン。聞きたいことがある」
シロが、目を見開いたまま固まった。
その口がゆっくりと、歪な弧を描いた。
「そうか……君も、私を裏切るのか」




