女の子が足りないっ!
「ああっ! 女の子が足りないっ!」
爽やかな森の中、突如響いた大声に、勇者・白桜は振り返った。
大声を出したのは、聖女・マゼンタだ。整った顔立ち、スラリとした長身、ショートカットの銀髪と、イケメンに必要な要素を全て兼ね備えた女性であり、実際モテる。本人もそれを自覚している上、誰よりも女好きなのだから困る。
マゼンタのこういった発言は日常茶飯事なので、白桜は苦笑するに留めたのだが。
「うるっせえな! ったく、テメェのどこが聖女なんだよ」
そこで黙っていられないのが、戦士・イェイロという男だ。
イェイロは筋肉自慢の屈強な男だ。白桜はよく、昔のヤンキードラマに出てきそうだと思う。言ったところで伝わらないし、口には出さないけれど。
マゼンタはイェイロを一瞥すると、肩を竦めた。
「まったく、レディに対する態度がなっていないね。これだから君はモテないんだ」
「ハッ、どこにレディがいるってんだ。このエセ聖女!」
「何か言ったかね、この筋肉ダルマ!」
あー、また始まった。
二人の言い争いがヒートアップしかけたところで、後方から鋭い声が挟まれる。
「うるさいぞ、貴様ら! こんな森の中で大声を出したら、魔獣に気付かれるだろうが!」
魔法使いのシロだ。言っていることはもっともなのだが、その注意する声が一番大きい。
言い争っていたマゼンタとイェイロも、白桜と同じことを思ったらしい。二人揃って呆れ顔で振り向いた。
「これで魔獣が出たら、間違いなくキミのせいではないかね」
「陰気な見た目してるくせに、声はデケェんだよな」
シロが「陰気とはなんだ、陰気とは」と不満げに呟く。
とはいえ、確かにシロはその名に反し、陰気と称されても仕方ないくらいに黒ずくめだ。まあ、ボサボサに伸びた黒髪も、フード付きの黒いローブも、魔法使いらしくはあるのだが。
「ほら三人とも、もうそのくらいにしとけって」
なおも口論を続けている三人に、白桜が声をかけた、その時だった。
右手の茂みが揺れ、大きな黒い影が飛び出してきた。
「魔獣……っ!」
真っ先に反応したのはイェイロだった。大剣で影を受け止める。
影の正体は、狼型の魔獣だった。大型犬よりも一回りか二回りほど大きく、玉虫のような不気味な光沢がある。
この魔獣は鋭い牙や爪も脅威だが、もっとも恐ろしいのは群れで狩りをするところだ。
白桜たちが体勢を整えるよりも早く、反対の茂みからもう一頭の魔獣が飛び出してきた。その勢いのまま、イェイロの腿に噛み付く。
イェイロが大剣を勢いよく薙ぐと、二頭がひるんだ。その隙に素早く後ずさって、距離を取る。
「ぐっ……マゼンタ!」
「任せたまえ!」
マゼンタが聖書を開き、イェイロに右手を向けた。出血が続くイェイロの腿を、白い光が包み込む。聖女の御業――癒しの光だ。
「やってくれるじゃねえか」
イェイロは両足でしっかり立つと、魔獣に向けて挑発的に笑った。歯を剥き出してこちらを威嚇していた二頭が、一斉に飛びかかってくる。
が、その動きが途中で止まった。よく見ると、白い茨が二頭の全身に絡みついている。
シロの拘束魔法だった。
「白桜、イェイロ」
シロが淡々と名前を呼ぶ。
「ああ」
「おう」
白桜は腰に提げた剣をスラリと抜いた。拘束を解こうとなおも暴れる魔獣に歩み寄り、勢いをつけて首に剣を突き刺す。
剣を抜くと、ブシャッという音とともに血が吹き出し、程なくして魔獣の目から光が失われた。
白桜がこの世界に喚ばれてすぐの頃は、精神的にも物理的にも、なかなか魔獣を倒すことができなかった。訓練して難なく倒せるようになった今も、この瞬間はあまり気持ちの良いものではない。
イェイロの方を見ると、魔獣の首が落ちている。怪力のイェイロにしかできない芸当だ。
「よし、終わったな」
イェイロが息を吐いて姿勢を崩す。しかし、シロが「待て」と制した。
「群れにしては数が少ない。仲間の魔獣がまだ潜伏している可能性もある。用心を……」
その時だった。
「キャーッ! 誰かぁっ!」
甲高い悲鳴が聞こえた。
白桜たちはすぐに顔を見合わせた。無言で頷き合うと、声のした方へ、足音を殺して近付く。
木の影から覗き込むと、人間が二人、地面に座り込んでいた。
女性と男性の二人組だ。悲鳴を上げたのは女性のほうだろう。
白桜は周りに魔獣の気配がないことを確認し、二人の方へ駆け寄った。
「二人とも、怪我はない?」
「え、ええ……先ほど、魔獣が茂みから出てきて……でも、皆さんがいらしたら、すぐに逃げていきましたわ」
女性のほうが、白桜たちが来た方とは逆の茂みを指差した。淡い金髪をゆるくおさげにしたその女性が、「怖かったですわ……」と青緑色の大きな瞳を潤ませる。
この機を見逃すマゼンタではない。
「ああ、レディ……貴女に怪我がなくて、本当に良かった。さあ、そのままでは素敵なお召し物が汚れてしまう。お手をどうぞ?」
「まあっ!」
いつの間にやら女性の前に跪いていたマゼンタが、手を引いて女性を立たせる。そしてそのまま、ごく自然に女性の肩に手を添えた。
「それにしても、なんて可憐なお嬢さんなんだ……もしかして、貴女の正体は花の女神ではないかね? 貴女のように美しい人に出会えた私は、世界一幸運だな」
「まあ、光栄ですわ! ……あら?」
マゼンタの言葉にニコニコと微笑んでいた女性が、何かに気付いたように動きを止める。
「ん? どうしたのかね」
女性が、不思議そうな顔をするマゼンタの髪を、サラリと撫でた。
マゼンタが「えっ」と目を丸くする。
「御髪に葉っぱが付いていましたわ。ふふっ……この葉っぱも、貴女の美しさに惹かれてしまったのかもしれませんわね」
女性が葉っぱを手に、無邪気に微笑んだ。
白桜は思わず「へえ」と声を漏らした。道中、マゼンタが女性を口説くところは何度も見てきた。しかし、こんな返し方をした女性は初めてだ。
マゼンタとしても、思いもよらない反応だったのだろう。しばらく動きを止めていたかと思ったら、耳まで真っ赤になっている。
「どっ、えっ、あ、ありがとう、レディ……」
おお、マゼンタが見たことない顔してる……。
ひとまず女性のほうは、マゼンタに任せておいて大丈夫だろう。
白桜は、まだ腰が抜けているのか座り込んだままの男性のほうに歩み寄った。
「大丈夫? 立てる?」
黒髪の男性が、顔を上げる。黒い瞳と目が合った瞬間、白桜は息を呑んだ。
この世界に召喚されてから、日本人に近い外見の人には、何人も会った。魔法使いのシロも黒髪に黒い瞳だし、外見は日本人とそう変わらない。
しかし、違うのだ。
それは、ちょっとした身振りだったり、表情の作り方だったり、おそらく日本で長年暮らした人にしか分からない程度の、僅かな差なのだろう。それでも白桜の目には、この世界の人々は、あくまで外国人として映った。
だが、目の前のこの人物は、何故かとても日本人らしく感じる。
男性が立ち上がってからも、白桜はその人から目を離せなかった。男性が困ったように眉を下げる。
「あの……オレの顔に、なにか付いてますか?」
そのちょっとした表情にすら、懐かしさを刺激される。ホームシックはもう脱したと思っていたのに。白桜は胸がいっぱいになって、ぎゅっと拳を握りしめた。
ああ、心臓がうるさい。
「俺、白桜。名前を聞いてもいい?」
「アサヒ、です」
夜明けの名前だ、と白桜は思った。




