重厚感のある扉の前で
重厚感のある扉の前で、浅緋は大きく深呼吸した。
ラピスの寝室である。浅緋も寝起きするこの建物は全体的に高級感があるが、その中でもこの扉は、とりわけ風格があった。
昼間リルに言われた通り、ラピスときちんと話をしよう。
そう思って部屋で待っていたのに、ラピスは日課の時間を過ぎても、来る気配がなかった。痺れを切らした浅緋は、ラピスの部屋に突撃することにしたのだ。
建物内なら自由に移動できるようになったものの、いつもはラピスのほうから来てくれるものだから、浅緋のほうから訪ねるのは初めてだ。
意を決して、扉をノックする。
「ラピス、起きてる?」
途端に、扉の向こうからガタタッとものすごい音がした。
「えっ、大丈夫?」
浅緋が大声で呼びかけると、すぐに扉が開いた。
「すまない、椅子を倒してしまっただけだ。驚いて……」
バツが悪そうに目を逸らすラピスに、浅緋は思わず吹き出した。ラピスにどう話すか緊張していたのが、いつの間にか吹っ飛んでしまった。
「あまり笑ってくれるな」
「っふふ、ごめんごめん」
「その……入るか」
ラピスが扉を大きく開く。浅緋はお言葉に甘えて、部屋に足を踏み入れた。
「お邪魔します」
室内は、浅緋の部屋と同じく、黒を基調にした落ち着いた雰囲気だった。しかし、壁や窓枠、調度品などに、彫刻や宝玉による美しい装飾が施されている。
高級感のある部屋だが、客を招くことはまったく想定されていないのだろう。椅子は一人がけのものが一脚あるだけだ。
ラピスに促されて、椅子に座る。ラピスはベッドの縁に腰掛けた。
「ごめんね、夜遅くに」
「いや、こちらこそすまなかった。どう話せば良いのかと怖気付いていたら、こんな時間に」
「そっか」
へそを曲げて部屋に来なかったのでは、とも思っていたので、ひとまず安心する。
浅緋は椅子に座り直して、ラピスの顔を正面から見据えた。
「ラピス、あの件なんだけど。オレはやっぱり、オレが勇者に接触する作戦が、一番良いと思う」
ラピスは、何かを言いたそうに口を開いた。しかし結局、もどかしげな表情で口を閉じる。
ラピスはため息を吐いて力なく項垂れると、ようやく話し始めた。
「以前、タン・ソルの体質魔法で、浅緋が目覚めなかったことがあっただろう」
「うん」
「浅緋が眠っている間……本当に、生きた心地がしなかった」
ラピスが、膝に置いた両手を、ぎゅっと握りしめる。
浅緋は立ち上がって、ラピスの隣に腰掛けた。二人分の重みで、ベッドがギシリと音を立てる。
顔を上げたラピスと目が合う。その顔が、くしゃりと歪んだ。
「頼む……行かないでくれ」
ラピスの金色の瞳が、ゆらゆらと色を変える。水面みたいだ。
ベッドに置いていた浅緋の手に、ラピスの漆黒の手が重ねられた。緊張からか、その手はいつもより少し冷たい。
「浅緋がそばに居てくれることは、私にとって信じがたいほどの奇跡だ。五年前のあの日から止まっていた私の時間は、浅緋のおかげで動き出した。……浅緋にもしものことがあれば、私の時計は再び止まってしまう」
ラピスが再び「頼む……」と目を伏せる。その声は震えていて、痛切だった。
それでも浅緋は、首を横に振った。
「ごめんね、ラピス。でも、これはやっぱり譲れない」
「……なぜ」
ラピスが、掠れた声でつぶやく。
浅緋は、重ねられた手の下から自らの手を引き出し、ラピスの手に重ねた。
ゆるゆるとこちらを向いたラピスの顔を、しっかりと見上げる。
「ラピスのことが、好きだから」
途端に、ラピスの目が大きく見開かれた。そのまましばらく固まったのち、手で顔を覆って長く息を吐き出す。
「……それは、ずるくないか」
ラピスが指の隙間から、呻くように言う。
浅緋は小さく笑って、重ねた手を握った。
「オレは、ラピスに生きてほしい。だから、作戦は譲れない。でも、絶対に無事に帰って来るって約束する。……だってオレがこの作戦にこだわるのは、ラピスと一緒に生きるためだから」
だから、大丈夫。
握った手はあたたかい。ラピスが観念したように、脱力して笑いを漏らした。
浅緋が待っていると、ラピスが姿勢を正して、こちらを向く。
「危険な真似はしないと、約束できるか」
「うん」
「何かあればすぐに作戦を中止し、迷わず逃げると約束してくれるか」
「うん」
「キスしても良いか」
「うん……うん!?」
今なんて、という言葉は、声にならなかった。
ラピスの唇で、塞がれたからだ。
ほんの一瞬、唇にやわらかな感触があった。浅緋がその意味を理解できたのは、ラピスの顔が離れてからだった。
理解した途端に、ドッと心拍数が上がる。
顔が熱い。自分で自分の心音が聞こえる。
「そ、それは、ずるくない……?」
「お互い様だろう」
ラピスがいたずらっぽく微笑む。
二人は同時に吹き出すと、どちらからともなく指を絡めた。




