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この世界には、二種類の人間がいる

 この世界には、二種類の人間がいる。

 一つは魔力を体内にとどめておける人間、もう一つはとどめておけない人間である。

 魔力を体内にとどめておける人間は強力な魔法を使うことができるが、数が少なく、体内の魔力の影響で一風変わった外見になる。そのため昔は、後者の目を避けて集落を作り、ひっそりと暮らしていた。

 しかし、交流の断絶が、悲劇を招くこととなった。

 他の人間たちは、前者の力を恐れ、謀略を疑い始めた。いつか、彼らが結託して我々を支配しようとするのではないか。支配だけならばまだ良い、彼らにとっては我々を虐殺することすら、簡単なことなのだ。そもそも彼らは人間なのか? あの見た目はなんだ、あの力はなんだ、奴らは悪魔と契約したに違いない。そんな噂は瞬く間に広まり、軍が結成され、平和だった集落は次々と攻め滅ぼされていった。

 住処を失い追われる身となった前者は最果ての地へと逃れ、マーシュという国を作った。これが、現在「魔族」と呼ばれる人々の歴史である。

「ってことで合ってる?」

 浅緋がたずねると、リルは頷いた。

「ええ、その通りですわ! ですから、あちらの人々は私たちを魔族と呼びますけれど、私たち自身は『マーシュ人』と名乗っておりますの」

「そっか……」

 語られた歴史は想像以上に重く、浅緋には物語(フィクション)のようにすら感じられた。教えてもらった話を改めて反芻していて、疑問が浮かぶ。

「あれ、でもリルさんも昨日会ったスタルさんも、他の人間と同じような外見だよね?」

 マーシュ人は魔力の影響で変わった外見になる、という話だったはずだ。魔王と名乗ったラピスは見るからに特徴的な外見だったが、リルは淡い黄金の髪に青緑の瞳をしており、肌の色も浅緋の世界で言うところの白人に近いように見える。昨日会ったスタルも、仮面をつけてはいたが高齢の男性として変わった外見には見えなかった。

「スタルさまは、幻影の達人ですの。きっと昨日浅緋さまがお会いになったスタルさまは、幻影のお姿ですわね」

 そこまで言うと、リルは少し言い淀んでから続けた。

「私は……実は、魔力がとても弱いんですの。ですから、外見への影響もとても少なくて、耳がほんの少し尖っている程度で……あっでも、そのぶん浅緋さまを傷つける心配もございませんから、ご安心なさって?」

 リルが曇った顔から一転、明るい声になる。浅緋は「ごめん、デリカシーのないことを聞いた」と頭を下げた。

「お気になさらないでくださいまし! 初めにお伝えしなかった私の責任ですわ。ただ、マーシュ人にとって、外見の特徴は魔力の強さの証。この部屋には安全のため結界を張っておりますけれど、これから先、ほかのマーシュ人に会う機会がありましたら、外見の特徴が大きい方にはご用心された方が良いと思いますわ」

「わかった、ありがとう。……ところで、結界って?」

 安全のため、というワードが気になり、たずねてみる。そんなにも危険がある想定なのだろうか?

「先ほどお伝えした歴史がありますから、マーシュ人の中には、魔力を持たない人間への憎悪が強い方も多いんですの。浅緋さまは異世界人ですから厳密には違いますけれど、外見的にはあちらの人々とよく似ていらっしゃいますから、万が一に備えて、ですわ。ちなみにそんな事情もあって、浅緋さまがこの王城にいらっしゃるのを知っているのは、陛下、スタルさま、私の三名のみですわ」

「なるほど。あのさ、昨日から何回か『異世界人』って呼ばれてるんだけど、オレの他にも異世界人っているの?」

「ええと、そのあたりについては、後ほど陛下からお話があると思いますわ……あら、もうこんな時間。お茶を淹れますわね。ご存じないお話ばかりでお疲れでしょう?」

 リルはそう言うと、ポットに茶葉と湯を入れた。湯が入っていた方のピッチャーは陶器にしか見えないが、保温機能があるらしい。これも魔法なのだろうか。座った浅緋の目の前で、ポットから花のような甘い香りがふわりと広がった。

「良い香り」

 浅緋が思わず漏らすと、リルは微笑んだ。

「ティルというお茶ですわ。花びらが入っていて、私のお気に入りですの」

 今朝食べた朝食も昨晩食べた果実も、とても美味しかった。見たこともない食べ物ばかりなのも海外にでも来ているようで、実を言うと食事の時間は浅緋にとって一つの楽しみになりつつある。

 リルはカップにお茶を注ぐと、浅緋の前のテーブルに置いた。

「どうぞ、召し上がってみてくださいまし」

「ありがとう。リルさんは飲まないの?」

 浅緋としては当然の問いだったが、リルは「えっ」と目を丸くした。

「せっかくだし、一緒に飲もうよ」

「でも、私は使用人ですわ」

 浅緋は、まだ驚いた顔をしているリルと目を合わせた。

「オレ、元の世界では普通の庶民でさ。使用人とか慣れてないし、落ち着かないから、できればリルさんと友達になりたいんだけど……だめかな?」

 首を傾げてたずねてみる。リルは一瞬ぽかんとしてから、ぱあっと満面の笑顔になった。

「ええ、ええ! もちろんですわ! 嬉しいですわっ!」

 リルはいそいそともう一つのカップを用意してお茶を注ぐと、「失礼しますわ」と向かいに腰掛けた。

 改めて考えると、昨日は息付く暇もなかった。友人と一緒にお茶を飲み、「美味しい」と笑い合う。今この瞬間、この世界に来てはじめてリラックスできているように感じた。

 ひとしきりお茶を堪能してから、浅緋はふと気になったことを聞いてみた。

「そういえばさっき、異世界人については後で陛下から話すって言ってたけど、ラピスって王様だよね? オレなんかに時間を取らせるのは悪い気もするんだけど」

 瞬間、ガシャン、とものすごい音がした。

 驚いて見ると、リルが口をあんぐりと開けて、カップを取り落としていた。カップは割れ、中に入っていたお茶がテーブルに広がっていく。浅緋の服にお茶が滴り落ちるのを見たリルは、慌てた様子で立ち上がった。

「んまあっ! も、申し訳ございません、浅緋さま! お怪我はっ?」

 「オレは大丈夫だよ」となだめるが、リルはあたふたしたまま浅緋の服に手をかけた。

「大変、お召し物が! すぐに着替えをお持ちしますから、ひとまず脱いでくださいましっ!」

「うわっ!? 待って、大して濡れてないし自分で着替えるから!」

 浅緋の制止の甲斐なく、上衣がべろりと捲りあげられる。その途端、リルが「きゃあっ!?」と悲鳴を上げた。

「なっ、なんですの、この傷!」

 言われて目をやると、腹に青黒い痣ができている。昨日オークション会場に連れていかれる時に殴られた痕だろう。

「ああ……見た目は酷そうだけど、押さなければ痛くないし」

 大丈夫だよ、と続けようとするが、リルの「どうしましょう!」という声に遮られた。

「私のせいで、浅緋さまが死んでしまいますわ! 嫌ですわ! 死なないでくださいまし!」

 リルは半泣きで悲鳴のような声を上げている。

「そうですわ、医務室……は、ダメでしたわ。とにかく人! 人を呼んできますわ!」

 想定以上の反応に戸惑っているうちに、リルが部屋から駆け出していく。浅緋は、閉まっていく扉を呆然と見ていることしかできなかった。

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