以上が手記の概要だ
「以上が、先代の勇者・萌黄の手記の概要だ」
浅緋が用意していた内容を話し終えると、ラピスが厳かに言った。仕事モードだと、やはり威厳がある。
村での散策から帰還して一週間後、浅緋は御前会議に呼ばれた。
御前会議は、国王と四魔賢の五名で行われる会議で、国としての意思決定の場だと言う。浅緋の役割は、萌黄の手記の内容を伝えることだ。とはいえ、全てを読み上げると時間が足りないので、この場では概要だけを話すことになった。
四魔賢は、聞いた内容を各々咀嚼しているようだった。会議室の中に、しばし沈黙が満ちる。
四魔賢のうち浅緋が直接知っているのは、最年少のコイズ・ソルだけだ。だが、リルの父であるギヤマン・リルハは、一目見てわかった。大きな角は生えているが、淡い金色の髪と青緑色の瞳が、リルとお揃いだ。もっとも、高身長かつ筋肉質で、リルの二倍か三倍はありそうな体の大きさだが。
まず沈黙を破ったのは、コイズだった。
「陛下は、どのようにお考えですか」
その言葉を契機に、他の三名もラピスのほうを向く。
ラピスのほう、と言っても、四魔賢が座る円卓とラピスの間には衝立がある。浅緋は衝立の横に立っているため双方の姿が見えているが、四魔賢からはラピスの姿はまったく見えていないだろう。こういう時、ラピスの苦労を思わずにはいられない。
ラピスの返事は慎重だった。
「私は、ブランが萌黄を操って先代を殺したのではないかと疑っている。だが、確証はない。皆、異なる見解があれば、隠さず述べよ」
すぐに賛同したのは、ギヤマン・リルハだった。
「同感だな。私も先代の頃、勇者・萌黄に何度か会ったが、実直な青年であった」
続いて、おっとりとした女性の声が同意を示す。
「私も、異論はないわ。萌黄ちゃんには、先代を殺すチャンスが何度もあったもの。わざわざあのタイミングを狙う理由がないわ」
出席者については、ラピスから事前に教えてもらっている。今の女性は、四魔賢のなかでも最年長の、トア・メイジスのはずだ。……豊かな黒髪もハリのある薄紫の肌も、二十代にしか見えないが。
なんとなくラピスの考えに沿うような流れになりかけたところで、一石を投じたのはコイズだった。
「陛下のお考えも、否定する材料はございません。ただ、この時点でその案に絞るのは早計かと。手記はいくらでも偽装が可能です。萌黄自身の意思で先代を殺した可能性も、捨てきれないと考えます」
「それもそうね。でも、やるべきことはあまり変わらないのではないかしら?」
トアの言葉に、ギヤマンが頷く。
「ああ。勇者とブランを引き離した上で、両方始末する。これまでの計画と変わらん」
「そうよね。わざわざ勇者を召喚しているということは、ブラン一人では陛下の威圧に対抗できないのでしょう? パーティにブランがいようと、これまで通りの計画で、問題なく殺せると思うわ」
トアが紫に輝く瞳を細めて、ふわりと笑う。安心感すら覚えるような、優しい笑顔だ。だが、その口から出る言葉は、どこまでも合理的で鋭利だった。
話が物騒になってきた。浅緋が固唾を飲んでいると、ラピスが口を開く。
「待ってくれ。私は、できることなら始末ではなく対話を選びたい」
四魔賢の目が、一斉にラピスのほうへ向けられる。
代表するように、トアが口を開いた。
「本気なの、陛下?」
「ああ。……甘い考えなのは、わかっている」
「甘いわね。本当に甘い」
トアがスッと目を細めた。それだけで、室温が数度下がったように感じる。
「先代のとき何があったか、忘れたの? 舐めてかかって勝てる相手じゃないのは、陛下もわかっているでしょう?」
おっとりとした口調は変わらないが、声がほんの少しだけ低い。それがどんな効果をもたらすか、彼女はきっと熟知しているのだろう。
しかし、ラピスは引かなかった。
「わかっている。だからこそだ。勇者とブランを殺したところで、『彼の国』との禍根は残る。そうなれば、必ず第二のブランが出てくる。私はもう……これ以上失いたくない」
その言葉は痛切だった。ギヤマンとコイズが俯く。
沈黙の中、トアがため息をついて微笑んだ。
「まったく、ラピスちゃんらしいわね」
その言葉は、先ほどとは打って変わって、柔らかい響きに戻っている。
「陛下の考えはわかったわ。とはいえ、陛下にもしものことがあったら、先代に顔向けできない。危険を感じたら、私たちの判断で手を下す。良いわね?」
「もちろんだ、ありがとう」
ラピスが頭を下げた。衝立で見えないだろうが、トアは一つ頷いた。
「みんなは、それでいいかしら?」
トアが四魔賢の面々を見回す。
「ああ」
「ええ、異存ありません」
ギヤマンとコイズが頷く。
自然と、ここまでただ一人、一言も発していないパーズ・パトに、視線が集まる。……ラピスから無口だとは聞いていたが、そんなレベルではないと思うのは、浅緋だけだろうか。
全員の視線を一身に浴びたパーズが、無表情のまま勢いよく親指を立てる。
これにより、対話の方針が固まった。




