馬車は街道沿いの開けた場所に
馬車は、街道沿いの開けた場所に停まっていた。一行は、街道から逸れて伸びる小道へ、足を踏み入れた。
馬車用の道から離れるほど、道は自然豊かになっていく。しかし、道は踏み固められているうえ、ところどころに簡易な看板が立っており、今も使われている道であることがうかがえた。
「ここからもう少し歩くけど、大丈夫?」
コイズとともに先頭を行くタンが、浅緋を振り返って言う。
「オレ? うん、大丈夫だよ」
浅緋は首をひねった。体力で言ったら、女性であるリルのほうを気遣うべきところではないだろうか。
しかし、タンの次の言葉で納得する。
「ならいいけど。アンタ、体調悪いのかと思って。なんか朝から声嗄れてるし」
なるほど。自分ではあまり気にならなかったが、昨晩夜通し音読した後遺症が、まだ残っているらしい。
「ああ、これは体調不良とかじゃないから、大丈夫。昨晩ラピスに――」
音読してあげてただけ。という言葉はしかし、リルの「きゃーっ!」という奇声に遮られた。
「え、リルさん?」
どうかしたのかと振り向くと、顔を赤くしたリルと目が合った。
「もうっ、ダメですわよ、浅緋さま! タンさまも、それを指摘するのは野暮というものですわ!」
なぜか責められた浅緋とタンは、顔を見合わせた。
「どういうこと?」
「何がですか?」
二人に問われても、リルは言葉を濁すばかりだ。結局、二人よりも先にコイズのほうが、リルの言わんとすることに気付いたらしい。
「ああ、そういう……。異世界人はそういったことも、随分オープンに話すのですね。タンの教育上良くないので、やめていただけますか」
そこまで言われて、浅緋もようやく勘づいた。
つまりは二人とも、浅緋の声が嗄れた理由を、誤解しているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 多分違いますからね、それ!」
慌てて否定する浅緋に、タンが困惑した表情を向けてきた。
「なあ、なんの話?」
「オレが昨晩――」
音読しただけ、という言葉は、再び遮られた。
ただし、今度はコイズに。
「タン、貴方はまだ知らなくて結構」
そう言ってタンの耳をふさぎつつ、こちらに厳しい視線を向けてくる。
あれ、これってもう何も言わせてもらえない感じ?
結局その後も誤解が解けず、攻防しながら歩くこと十分、突然視界が開けた。
「わあっ……」
誰からともなく、感嘆の声が上がる。
つい先程まで話していた内容も忘れ、四人は目の前の景色に圧倒された。
そこは、色とりどりの花が咲き乱れる、花畑だった。花々は、互いに呼応するように毎秒色を変えていく。まるで風を可視化しているかのようだ。
「綺麗な場所……ここに来たかったんだね」
浅緋はタンに話しかけた。タンは「それもあるけど」と言うと、自身のポケットを探り始めた。
ほどなくして取り出されたのは、手のひらに収まるほど小さな袋だった。タンは袋から小さな粒を三つ取り出すと、浅緋に見せてきた。
「これは、種?」
「そう。別れの儀をやりたくて」
浅緋が「別れの儀?」と首をひねると、すかさずリルが補足してくれる。
「マーシュの伝統的な弔い方ですわ。種に魔力を込めて、魔獣の鳥に食べさせますの。鳥が、永遠の旅路に出る死者のもとへ、花を届けてくれると言われていますわ」
タンが、小さな種を見つめながら言う。
「本当は亡くなってから一年後にやるのが一般的なんだけど、ずっとできてなかったから……俺の両親の弔い」
タンは五年前のあの日以来、あの村に足を踏み入れたことはなかったと言う。五年ぶりの訪問で、タンは何を思ったのだろうか。浅緋には想像することしかできないが、今のタンの表情は、どこか穏やかなように見えた。
タンが種を両手で握った。数秒して、そっと手を開く。さっきまで黒かった三粒の種は色付き、水のようにゆらゆらと輝いて見える。タンが魔力をこめたのだろう。
タンがそのうちの一粒を、浅緋に差し出してきた。
「浅緋サマも、良ければ」
「えっ、オレも?」
「うん。お父さんが亡くなったの、一年ちょっと前でしょ。アンタの世界の弔い方じゃなくて悪いけど……」
浅緋は、受け取った種を見つめた。淡くくすんだ赤色。父が付けてくれたこの名前と、同じ色だった。
「ありがとう」
浅緋が言うと、タンは「うん」と照れくさそうに頷いた。やっぱりタンは、どこまでも優しい子だ。
タンが、二粒の種を載せた手を伸ばした。浅緋も見よう見まねで手を伸ばす。
「魔力のこもった種は、魔獣の大好物だから。こうしてるとすぐに魔鳥が……」
タンが言い終わらないうちに、「ピューイッ」と頭上から鳴き声が聞こえ、一羽の鳥がタンの手に降り立った。鳥は見たこともない光沢の羽と瞳を持っていた。
すぐに、浅緋の手にもほかの鳥が降りてくる。手に鉤爪の感覚はあるが、空気のように軽い。
鳥たちはゆらめく種を咥えると、すぐに飛び立った。
抜けるような青空に、鳥の影が小さくなっていく。
あの種は、いつか遠くの地で、浅緋の知らない美しい花を咲かせることだろう。




