なんでこうなるのかなあ!
で、なんでこうなるのかなあ!
浅緋は心の中で、それはもう大きな声で叫んだ。
現在浅緋は、ラピスと一緒のベッドに入っている。それは良い。いや、良くはないけど。でも、もう諦めがついた。
問題は、浅緋の体をがっちりホールドしている、ラピスの腕だ。
昨日はラピスに寄り添いたい一心で一緒に眠ったが、今日は状況が違う。この距離感に耐えられるメンタリティが出来上がっていない。そこで、並んで横になった時、浅緋は平常心を保つため、なるべく身体を離そうと努力した。
が、それが良くなかったらしい。
「落ちるぞ」と笑ったラピスに、抱き寄せられてしまったのである。
ドッと心拍数が上がった浅緋が慌てて離れようとすると、ラピスは一瞬にして眠りについていた。昨日といい、寝つきが良すぎる。この健康優良児め。
しかも、浅緋がなんとか抜け出そうとしても、回された腕はビクともしない。どうなってるんだ、本当に。体格の差なのだろうか。
つ、疲れた……。
日記を読み上げた数時間より、この五分間のほうが、心身ともに疲弊した気がする。
結局、十分間格闘した挙句力尽きた浅緋は、気絶するようにラピスの腕の中で眠りについた。
しかし、眠りは思いのほか深かったらしい。
朝、出発予定時刻ギリギリに目覚めた浅緋は、慌ててラピスを叩き起こした。バタバタと身支度を整え、息を切らして玄関までやって来た二人は、やけに嬉しそうなスタルに出迎えられることとなった。
なんとも居心地の悪い雰囲気だが、帰りは浅緋は別行動だ。このあと数時間、ずっとスタルにニコニコと見守られることは避けられそうで、ひとまずホッとする。
ラピスとスタルは、先代が殺害された場へ赴き、先代を弔うのだと聞いている。浅緋は他のメンバー――リル、タン、そして、タンの兄であるコイズ・ソル――とともに帰路につくことになっていた。
ラピスとスタルが一足先に出発したのち、他のメンバーが揃ったところで、後発組も出発する。
こちらの組は真っ直ぐ帰るものだと思っていたのだが、違ったらしい。出発して一時間もしないうちに、馬車が停車した。
「あれ、休憩?」
同乗しているリルに訊ねるが、リルもわからないようだ。困惑した表情が返ってくる。
と、同じく馬車の中に座っていたタンが、手を挙げた。
「ごめん、俺が兄様に頼んだ。寄りたい場所があって」
「ああ、そうだったんだ……って、あれ?」
今、聞き間違いでなければ、コイズのことを「兄様」と呼ばなかったか。
浅緋が目を丸くしていると、リルが「ふっふっふ」と不敵に笑った。
「浅緋さまも、お気付きになりまして?」
「うん、今『兄様』って」
「ええ、ええ! 一昨日、こちらへ出発した時から呼び方が変わってらして……ふふ、なんだか我がことのようにうれしいですわ」
「う……もういいでしょう、その話は……」
リルと浅緋のあたたかい視線に、タンが顔を背ける。その表情が眉間に皺を寄せながらも恥ずかしそうで、リルと浅緋の笑みは深まるだけだ。
その時、馬車の中に光が射した。御者席にいたコイズが、馬車の簾を上げたためだ。
「着きましたよ。皆さん、一旦こちらで降りてください」
三人はコイズに対し、口々に礼を言いながら下車する。と、コイズが浅緋の肩を叩いた。
コイズとは自己紹介は済んでいるが、そこまで話したことはない。どうかしたのかと向き直ると、コイズが口を開いた。
「贄川浅緋殿。私に対する呼び方を変えるよう弟に勧めたのは貴方だと、リル・リルハ嬢から聞いています」
「え! えっと……はい、そうです」
コイズは言動に格式張ったところがあり、本心がわかりにくい。もしかして怒っているのでは、と身構える。が、その途端、コイズが満面の笑みを浮かべた。
「そうですか、感謝します。今度菓子折りをお持ちしましょう」
ああ、これは、嬉しかったんだろうなぁ。
浅緋が苦笑していると、タンが慌てた様子で飛んできた。
「もう、兄様まで乗らないでください!」
タンの抗議もどこ吹く風で、コイズはニコニコと上機嫌なままタンの頭を撫でる。
タンが「これは聞こえてないやつだ……」と顔を覆う様子を、浅緋とリルはあたたかく見守るのだった。




