空は白み始めていた
ラピスに内容を伝え終えた頃には、空は白み始めていた。
なんせ数年分の記録だ。一日ごとの記載は短くても、量が膨大だった。かいつまんで話そうかとも思ったが、浅緋の先入観が入るのも恐い。結局、何度か休憩を挟みながら、浅緋がすべて読み上げた。
すべてを聞き終えたラピスは、少し考える素振りを見せてから、決意したように浅緋の顔を見た。
「やはり萌黄は、操られて先代国王を殺した……とは考えられないか?」
「うん、オレもそう思う」
浅緋は頷いた。ラピスも浅緋と同じ考えに至ったことに、ひとまず安堵する。
萌黄の突然すぎる裏切り、共通語の演説、そして日記の記載……イト、すなわちブランが萌黄を操って、先代マーシュ国王を殺したと考えるのが妥当だろう。
だとすると気になるのが。
「人を操る魔法って、あるの?」
「いや……ない。正確に言うと、元々持っている感情を増幅させる魔法ならば、存在する。たとえば、五年前にあの村で起きた暴動。あれは、元々燻っていたマーシュ人への疑念や反感を増幅させるため、魔法が使われたと私は考えている。だが、あれほどマーシュ人に友好的だった萌黄に殺人までさせるのは、難しいはずだ」
ラピスが「とはいえ」と続ける。
「なんせ相手は千年前から生きている大魔法使いだからな。我々の知らない魔法を発明していても、おかしくはない」
「たしかに……」
萌黄も、どうしてブランが今も生きているのかはわからない、と書いていた。この千年でブランが、誰も知らない魔法を完成させている可能性は、捨てきれない。
「恐いのは、今こちらへ向かっている勇者パーティにも、ブランが紛れ込んでいる可能性が高いことだな」
ラピスの言葉に、浅緋は頷いた。
「そっか。勇者にだけ注意すれば良いと思ってたけど、むしろ本当に注意すべきはブランのほうってことになるよね」
「ああ。とはいえ、事前にこの情報を得られたことは、大きな収穫だ。この日記が回収されていないところを見ても、ブランには気付かれていないのだろう。城に戻り次第、四魔賢も含めて、至急対策会議を開こう」
ラピス、いつもより王様っぽい顔してる。
今となっては、仕事モードのラピスは、浅緋の前ではなかなか見られない。凛々しい表情を眺めていると、ラピスがこちらを向いた。その顔が、一瞬にしてやわらぐ。
「浅緋、本当にありがとう」
「いえいえ。ちゃんと内容を伝えられて良かった」
日記の読み上げについて感謝されているものと思い、「流石に、喉はちょっと痛いけどね」と笑う。しかしラピスは、「いや」と首を振った。
「もちろんそれもあるが……浅緋がいなければ、私は萌黄のことを嫌ったまま、手記を探しにすら来なかっただろう。勇者パーティと真正面から戦うための準備しか、していなかったと思う。だからこれは、これまでの浅緋の、全ての協力に対する、ありがとうだ」
ラピスの黄金の目が、穏やかに細められる。
浅緋はこれまで、特別なことをしたつもりはない。ただ、ラピスをはじめ、マーシュで出会った大切な人たちに傷ついてほしくない。それだけだ。
でも、それが少しでもラピスの助けになっているのなら、素直に嬉しい。
「どういたしまして」
浅緋が微笑むと、ラピスは満足したように頷き、「よし」と立ち上がった。
「もうこんな時間だが、一眠りしておこう。流石にこのまま馬車に乗っては、体が持たない」
「うん、そうだね」
気付けば早朝だ。目も喉も痛いし、全身のだるさが限界を訴えている。仮眠は取ったほうが良いだろう。
「じゃあ、おやすみ」
浅緋が自分の部屋に戻ろうとドアノブに手を掛けると、ラピスが「え?」と声を上げた。
「ここで寝ていかないのか?」
「んえっ!?」
変な声が出た。というか、一気に眠気が吹き飛んだ。
「えっ、いや、自分の部屋、あるし……」
浅緋がしどろもどろになりながらも返すと、ラピスが「そうか」と俯いた。その顔が捨てられた子犬のようで、不思議と罪悪感が芽生える。
「や、やっぱり、ここで寝ようかなあ……」
浅緋が言うと、ラピスの顔がパッと明るくなった。浅緋の完敗である。




