魔法使いは
――魔法使い・イトは、大魔法使いブランだ。
――大魔法使いブランの名前は、旅の途中何度も耳にした。多種多様な魔法を発明した、千年前の天才。彼がいなければ、あらゆる技術の発展が数百年は遅れていたとまで言われるほどの、偉人。異世界人の召喚魔法や、僕が今使っている言語魔術も、ブランの発明だと聞いたことがある。
――千年前に生きていたはずの彼が、どうして今も生きているのかは、わからない。不老不死の魔法は今のところ発明されていないと聞いているけど、秘密裏に開発に成功していた可能性もある。
――イトの、常識人なところや皆のまとめ役なところ、いつも冷静で頼りになるところまで、嘘だったのか。これもわからない。でも、僕は信じたいと思っているし、これからもイトを信じ続けようと思う。
――イトがマーシュ人を頑なに嫌う理由を、教えてもらった。イト(ブランが本名なのかもしれないけど、僕はイトって名前のほうが馴染みがある)は、元々マーシュ人らしい。マーシュ人に対する迫害があった時代、イトの村は軍勢に包囲された。救援を頼んだけど、マーシュの軍は来なかった。イトは、マーシュ国王に見捨てられたと思ったようだ。イトの村は、ただ一人イトだけを残して、全滅した。
――イトは、「マーシュ国王とマーシュ人は、報いを受けるべきだ」って言うけど、やっぱり僕はそう思えない。もちろん、イトの気持ちは痛いほど伝わってきた。でも、その時イトを見捨てた人たちは、もうこの世にひとりもいない。
――イトが千年間、復讐のためだけに生きてきたのだとしたら、そんなのって悲しすぎる。だから僕は、何度でもイトに手を伸ばし続ける。イトが自分自身を、過去から解放できるように。
その言葉のとおり、萌黄はその後も、何度も何度もイトと言葉を重ね続けたようだ。毎日欠かさず日記をつけているところを見ても、辛抱強い人だったのだろう。しかし、ページをめくるごとにイトの言動は過激になっていく。しまいには、「自分一人ででも、魔王を倒しに行く」とまで言い出すほどだ。それでも、萌黄は諦めていなかった。
日記の記述は、終盤に差し掛かっていた。ある日の記述に「見知らぬマーシュ人の少年に出会った」とあり、浅緋は「あっ」と声を上げた。
これ、多分ラピスのことだ。
その直感は間違っていなかったようで、出会った翌日、少年は次期マーシュ国王だと名乗った。その後数日は、ラピスとの会話について、克明に記されていた。威厳のある口調と誠実な受け答えがラピスらしくて、思わず笑みが漏れる。
が、日記の最後のページ、雰囲気が一変した。
――失敗した失敗した失敗した!!
――少年に教えてもらったマーシュ国王の滞在先を、たぶんイトに聞かれた。他の二人に、「イトが近付かないよう気をつけてほしい」って伝えてるところだった。まさか盗み聞きされるなんて、思いもしなかった。
――いや、今は言い訳なんかしてる場合じゃない。
――落ち着け、よく考えろ。とにかくマーシュ国王に、すぐにその場を離れるように伝えに行かないと。あと、この日記を早く隠さないと。
――どっちみちこの日記は少年に託すつもりだったけど、まさかこんなに早く隠すことになるなんて。でも、少年に日記のことを伝えておいて良かった。彼ならきっと大丈夫だ。どれだけ時間がかかっても、異世界人と信頼を築いて、この日記を渡してくれる。
――少年、僕は、君を信じている。
日記はそこで終わっていた。
最後のページはほとんど殴り書きに近い状態で、萌黄が本当に焦っていたことが伝わってくる。きっと萌黄は、このあとすぐに、この日記を隠したのだろう。そして、先代マーシュ国王のもとへ行こうとした。
でも、その前に何かがあった。
タンの記憶を見た時から浮かんでいた疑念が、浅緋の中で確信に変わりつつあった。
とにかくまずは、ラピスに内容を伝えに行かないと。
浅緋は日記を手に、ラピスの泊まっている部屋へ急いだ。




