森の中、道無き道を
森の中、道無き道を一時間ほど進むと、廃村があった。すっかり寂れて、というより最早朽ち果てているが、タンの記憶の中で見た村と重なる。
ここが、あの惨劇があった村。
村に足を踏み入れる直前、浅緋は思わず黙祷していた。ふと見ると、隣でラピスも黙祷している。
ラピスと浅緋以外のメンバーには、一足先に村に来てもらった。徒歩である以上、ラピスは別行動せざるを得ない。
「では、我々も探すとするか」
ラピスに声をかけられ、浅緋は「うん」と頷いた。
今日のミッションは、勇者・萌黄の手記を探すことだ。
今朝ラピスから聞いた話によると、ラピスと萌黄が会話をしていた中で、萌黄はこっそり日記をつけていると話していたらしい。そして、もしも自分に何かあったら、その手記を探して欲しい、とも言っていたそうだ。
「私は萌黄に裏切られたと思い、手記を探す気にはなれなかった。だが、浅緋がタン・ソルの記憶の中で見聞きしたこと――萌黄が共通語を話していたというのが本当なら……私は真実を知りたい」
ラピスからそんなふうに言われれば、断る理由がない。浅緋もまた、萌黄が先代を殺したとは思えない人間の一人だ。
ラピスと浅緋は、二人が担当することになったエリアの探索を開始した。萌黄は詳しい場所は教えてくれなかったそうだが、「地下に隠すつもりだ」と話していたらしい。その言葉だけを頼りに、手当り次第に廃墟に入り、地下空間があれば中を確かめる――そんなことを繰り返していたのだが。
この方法で、本当に見つかるのかな……。
十数軒目の探索を終えたタイミングで、早くも浅緋は懐疑的になってきた。
家はまだまだあるし、手当り次第に探していたのでは、日付が変わってしまう。そもそも何より。
「ねえラピス。普通、自分のものを隠すのに、他人の家の地下に入れたりするかな」
「……しないな」
ラピスも疑わしくなっていたのだろう。神妙に頷かれた。
協力者がいたのなら、話は別だ。だが今回は、協力者はいない可能性が高いと思う。そんな存在がいたなら、わざわざラピスに手記を探すよう頼まないだろう。
「浅緋なら、どこに隠す? 異世界人としての視点で考えてみてくれないか」
「うーん。オレなら……」
自分が書いた手記。仲間ですらない特定の相手に見つけて欲しいもの。真っ先に浮かんだのは自分の宿泊先だが、仲間に見つかるリスクがあまりに高い。木の根元などに埋める、という手もなくはないが、これはこれでラピスに見つけてもらえない。とすれば……。
「図書館、とか」
木を隠すなら森の中。本を持ち込んでも違和感がなく、誰でも入りやすい場所といえば、これだろう。
「なるほど、図書館か」
「この村にあるかな」
「王城や都にはあるが、一般的な村にはないな。ただ、この村には歴史資料などを中心に所蔵する記念館があったはずだ。行ってみよう」
事前に村の地理を頭に入れていたラピスに連れられ、村の中心部へ移動する。記念館は、大きなレンガ造りの建物だった。他の建物と比べると頑丈なのか、損傷は少ない。
中に入ると、広いエントランスに椅子や机がいくつか設置されていた。さらに、壁には右向きの矢印とともに共通語で〈資料室〉と書かれ、本のマークまで添えられている。もしかするとここは、日本の公民館に近い場所なのかもしれない。
矢印に沿って資料室に入ると、埃をかぶった本棚が並んでいた。
「かなり図書館っぽいね」
「ああ。しかし、地下か」
一通り見て回るが、地下へ続く階段は見当たらない。ここではなかったのだろう。
まあ、ただの勘だし、仕方ないか。
そろそろ出ようか、と声をかけようとして、ラピスが近くにいないことに気付いた。来た道を戻ると、本棚の途中でラピスが床を見つめている。
「ラピス? どうかした?」
「この辺りの床板、他と色が違わないか」
言われて見てみると、確かにほんの少し色が濃い……ような気もする。
「うーん、まあ、たしかに……?」
首をひねりつつも同意すると、ラピスが足で、色が濃い床と普通の床を軽く叩いた。その音を聞いて、二人は顔を見合わせた。
音が違う。色が濃い部分の床だけ、音が軽いのだ。
「これって……」
「ああ、開けてみよう」
ラピスが持っていた小さめのナイフを隙間に差し込み、床板を持ち上げる。床下にはクッキー缶のような箱が入っていた。
「……開けるぞ」
「うん」
ラピスが慎重な手つきで蓋をはずす。中には文庫本程度の小さなノートが入っており、表紙には共通語で、こう書かれていた。
〈親愛なる 次の魔王へ〉




