入浴を終えた頃には
浅緋が入浴を終えた頃には、すっかり夜は更けていた。
慣れない馬車移動で、疲れがたまっている。もう寝ようと、ふかふかのベッドに横になった時だった。
控えめなノックの音が聞こえた。
誰かわからず身を固くする。しかしすぐに、「浅緋、まだ起きているか」と、これまた控えめな声がした。ラピスだ。
慌ててドアを開けると、そこには、闇に紛れるようにラピスが立っていた。いつもよりラフな寝衣姿だ。ヴェールに覆われた顔を見上げる。
「どうしたの?」
「その……少し話をする時間はあるか。明日あの村へ行く前に、知っておいてもらいたいことがある」
「うん、大丈夫だよ」
浅緋はラピスを部屋に招き入れた。ラピスがいつものようにヴェールを外す。その顔は、どこかほっとしているように見えた。
ラピスに椅子を勧めて、浅緋はベッドの縁に腰掛ける。ラピスは意を決したように浅緋の目を見て、話し始めた。
「以前、先代について話したのは覚えているか。五年前に勇者に殺された、と」
「うん、もちろん」
「……先代が殺されたのは、私のせいだ」
「え」
どういうことだろう。
浅緋が戸惑っていると、ラピスが窓に視線を向けた。
「あの日――五年前の惨劇の日、先代が殺された場所は、あの村のすぐ近くの森だった。先代とスタルと私は、数日前からそこで寝泊まりしていた。いわゆる、お忍びでの視察だ」
タンの記憶を思い出す。その頃はたしか、数日間祭りが開催されていたはずだ。魔王の力のこともあり村に顔は出せないが、様子を見に来ていたのだろう。
ラピスが続ける。
「先代とスタルは、森の中だというのに仕事の話ばかりしていてな。それがつまらなかった私は、近くの開けた場所で、一人で遊んでいた。そこで私は、勇者・萌黄に出会った」
「えっ、出会った?」
「ああ。向こうは最初、私が次期マーシュ国王だとは気付いていなかった。あの村の子どもの一人と思ったようで、気さくに話しかけてきた。私はそれが嬉しかった。普通の子どもに接するように話しかけてもらえるなんて、初めてだった」
ラピスがそっと目を瞑る。黄金の瞳が漆黒の瞼に閉ざされる。
「それから数日、勇者・萌黄と私は、その場所で毎日話をした。先代から聞いていたとおり、勇者は友好的だった。そして私は、自分が先代とともにここへ来たこと、先代が数日間この森で寝泊まりしていることを、何の気なく話した。翌日、先代は勇者・萌黄に殺された」
ラピスが目を開けた。窓の外を、じっと見つめている。何も見えない、真っ暗な闇の窓を。
「私たちがそこにいることは、私たち三人以外知らなかった。勇者は私たちのもとへ、馬に乗って駆けてくると、一言もなしに先代に襲いかかった。先代はそれを防ぎながら、『逃げろ』と叫んだ。スタルの判断は早かった。私はスタルに連れられて全速力で逃げた。しばらく経って戻ってみると、陛下は死んでいた」
ラピスと再び目が合う。ラピスの話は淀みなかった。きっと、頭の中で何度も何度も繰り返した光景なのだろう。
「私は勇者・萌黄が憎い。だがそれ以上に、私自身が憎い。親代わりとして私を育ててくれた、大恩ある陛下を死なせたのは、疑いようもなく私だ」
ラピスが歪に自嘲した。自分が泣くことすら許したくない、とでも言うように。
その表情に、胸が詰まる。浅緋は叶うなら、ラピスの魂のようなものを、直接抱きしめたいとすら思った。それなのに、言葉のひとつも出てこないのがもどかしい。
ラピスが静かに立ち上がった。
「寝る前にする話ではなかったな。すまなかった。明日に備えてゆっくり休んでくれ」
ラピスが部屋を出ていこうとするのを、「待って」と引き止める。
「帰らないで、ラピス」
「は」
ラピスがポカンとした表情になった。
浅緋自身も、自分の発言に驚いているのだから、当然だろう。でも、言葉が勝手にこぼれてしまったのだ。
今さらながら、浅緋は慌て始めた。
「ぁう、えっと、なんて言うか、ラピスを一人にしたくないっていうか、いやこれじゃ同じか。えーっと……」
最早自分が何を言っているか分からなくなりつつある浅緋に、ラピスが首を傾げた。
「それは、今晩この部屋で眠って良いということか」
ラピスの質問は直球で、それ以上でもそれ以下でもなかった。だから浅緋も、まっすぐ答えざるを得ない。
「うん。良ければ、一緒に眠りませんか? っていうこと、です」
ラピスは眉を下げて嬉しそうに、はにかむように笑った。
「ありがとう」
ベッドは、二人で寝るには流石に少し狭かった。だが、肌寒い夜には、あたたかさが心地よい。
ラピスは疲れていたのか、存外早く、すうすうと寝息を立て始めた。
右腕にラピスのぬくもりを感じながら、考える。
相手が悲しい気持ちでいるとき、一人で眠ってほしくない、自分が隣で眠りたいと思う気持ちを、なんと呼ぶのだろう。
浅緋は、あまりにも単純明快な答えにたどり着き、笑いそうになった。
そっか。
オレ、ラピスが好きだ。




