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馬車に揺られて

 浅緋が目覚めてから十数日後、浅緋はラピスとともに馬車に揺られていた。

 浅緋が目覚めたあの日、浅緋はラピスに、タンの過去の中で気になったことを伝えた。勇者・萌黄が魔王を殺すとは思えなかったこと、そして、萌黄が群衆を扇動した時の言語が、日本語ではなく共通語だったこと。

 浅緋の話を聞いてから、ラピスは何か考え込んでいる様子だった。そして数日前、ラピスから相談があった。

「浅緋、私は、あの惨劇のあった村へ行こうと思う。もし良ければ、共に来てはくれないか」

 思い詰めた表情でそう言われ、浅緋は一も二もなく頷いた。

 最終的に、旅の同行者はかなり増えた。

 今ラピスと浅緋が乗っている馬車のほか、もう一台の馬車が同行している。そちらには、両親を弔いたいというタンと、付き添いの兄――コイズ・ソル、そして、浅緋が行くならば絶対に同行すると(かたく)なだったリルが乗っている。さらに、浅緋とラピスの乗る馬車の御者席には、スタルが座っていた。

 今回の馬車は、西洋風の椅子がある馬車ではなく、絨毯のようなものが敷かれた、大きな箱のような乗り物だった。中はかなり広々しており、不思議と居心地が良い。

 馬車に乗っているのは、想定よりも苦ではない。が、浅緋には一つ、気になることがあった。

「移動は馬車なんだね。オレてっきり、瞬間移動みたいな魔法で行くのかと思ったよ。ほら、最初にマーシュに連れてきてもらった時みたいに」

 そう、以前スタルが使っていた瞬間移動のような魔法。長い距離の移動では皆使うのかな、便利だな、なんて思っていたのだが。

 ラピスが「ああ、そのことか」と頷く。ヴェールをしているので表情は見えないが、浅緋の勘違いを汲み取ってくれたらしい。

「あの魔法は、かなり特殊かつ高度で、使うための条件が厳しくてな」

「使うための条件?」

「ああ。例えば、転移先に陣を張り、なおかつその場に魔力を込め続ける必要がある。そして、転移する人間にも膨大な魔力量が必要で、それでも同行できるのは一人が限度。魔力量の関係で、使えるのは私かスタルくらいのものだろうな」

「へえ……」

 確かにコスパが悪いというか、使い道が少なそうというか。相変わらず、魔法は万能ではないようだ。

 と、ラピスが「ただ」と付け加えた。

「別の理由で、『彼の国』の人間よりもマーシュ人のほうが、移動速度は速いな」

「えっ、どういうこと?」

「この馬車を()いている馬は見ただろう?」

 浅緋は「うん」と頷いた。シルエットは大きめの馬そのものだったが、身体に美しい模様があり、瞳もゆらゆらと色が変わって美しかったので、よく覚えている。

「あれは魔獣と言って、マーシュ人と同じく体内に魔力を蓄えられる動物だ。一般的な動物よりも身体能力が高いが、気性が荒くてな。ただ、マーシュ人にはよく懐く」

「魔獣が馬車を曳いてくれるから速いってことか」

「ああ。だが『彼の国』では、人間に危害を加えるとして害獣扱いされている上、素材も高値で取引されていて、討伐対象になっている。あちらの国では、敵、という印象が強いかもしれないな」

「そっか……」

 文化の違い、考え方の違い、というのは、こんなところにもあるらしい。もしかして、「凶暴な害獣を飼い慣らしている」という点も、マーシュ人が恐れられる一因になってしまうのだろうか。マーシュ人も魔獣も、浅緋の目にはとても美しく映るのだけれど。

 その時、御者席のスタルから声が掛けられた。

「陛下、浅緋様。間もなく休憩地点です」

 ラピスと浅緋は馬車の音に負けないよう、「わかった」「はい!」と大声で返す。浅緋はポケットから、ヴェールを取り出した。

「それは?」

 ラピスに尋ねられ、浅緋はヴェールを広げて見せた。

「出発前にタンにもらったんだ。見た目で悪目立ちしないようにって」

 そのヴェールは、顔全体を覆うラピスのものとは異なり、顔の上半分を覆うサイズのものだ。ヴェールを着けたらかえって目立つのでは、と思ったが、マーシュでは様々な事情から顔を隠す人も、一定数いるらしい。

「ああ、確かに役立つかもしれないな。……しかし、そうか。もらいものか」

「ん? どうかした?」

 頷きながらもなんとなく歯切れの悪いラピスに、首をひねる。

「いや……貸せ。私が付けよう」

「えっ、ありがとう」

 ヴェールを渡して、背中を向ける。何か、ヴェールに対して思うところでもあるのだろうか。もしかして、ラピスにとっては仕方なく着けているもので、あまり好きではない、とか。

 あれこれ考えているうちに、後ろから留め具をはめるカチッという音がした。

「終わったぞ」

 ラピスに声をかけられ、礼を言って振り返る。

「お揃いだね」

 ヴェールを指さして言うと、ラピスは一瞬固まったのち、ふふ、と笑った。

「ああ、お揃いだ」

 ラピスの雰囲気がやわらいだことに、ほっとする。

 と、その時だった。突然、馬車がガタンと揺れた。

「どわっ!」

 無理な姿勢で振り返っていたせいで、バランスを崩す。気付けば浅緋は、ラピスの胸にダイブしていた。頬に硬い胸板の感触があって、ふと気付く。

 あれ、これって抱きついてるみたいになってない?

 意識した途端にカッと全身が熱くなる。「ごめん!」と慌てて離れるが、慌てすぎた結果、壁に頭をしたたかに打った。

「っだぁ……」

 浅緋が呻いていると、ラピスが「だ、大丈夫か?」と不安げに気遣ってくれる。

 あーもう、リルさんとタンが変な事言うから、頭打ったよ……!

 心の中で理不尽に二人を責めつつ、「ダイジョブ……」となんとか返事をする浅緋だった。

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