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部屋の扉が勢いよく開いた

 タンが退室して五分もしないうちに、部屋の扉が勢いよく開いた。

 飛び込んできたのは、ラピスだ。

「あ、ラピス。えっと……おはよう?」

 何を言うべきか迷った挙句、浅緋の口から出てきたのは凡庸な挨拶だった。ラピスは返事もせず、つかつかと一直線に歩み寄ってくる。そのまま、肩に手を置かれた。

「浅緋、無事か?」

 目の前の顔にはヴェールがかかっていて、少し戸惑う。思えばすっかり、素顔を見ることのほうが多くなっていた。が、声のトーンは真剣そのものだ。

「うん、身体も頭も問題ないよ。あ、でもお腹が空いたかな」

 質問に答えると、ラピスは長く長く息を吐いて、項垂れた。浅緋としては、至極真面目に答えたつもりだったのだが。

「えっごめん、こんだけ寝といてまず空腹なの、おかしいかな……でもホント、全然痛いところとかないしお腹は空いてるし、あっ、あと喉乾い――」

 喉乾いた、という言葉は、途中で遮られた。ラピスに突然抱きしめられたためだ。あまりの勢いに、浅緋の口から「わぷっ」と間抜けな声が漏れた。

 普段意識することがなくなっていたが、やはりラピスは浅緋よりも一回りか二回りほど大きい。こうして密着すると、すっぽりと包まれるような形になった。

「ラピス……?」

 浅緋が恐る恐る問いかけると、巻き付けられた腕に、ぎゅっと力が入った。

「心配した……本当に。ずっと不安だった」

 なぜだろう。その一言で、ついさっきあれほど大きいと思ったラピスが、突然寄る辺ない子どもになったかのように感じる。浅緋は腕を伸ばして、ラピスの後頭部の留め具を外し、ヴェールを取った。何度も外すところを見てきたから、やり方は覚えていた。

 身体を少し離すと、ラピスの黄金の瞳が、不安げに揺らぐ。その顔を見た途端、「ただいま」という言葉が自然に出ていた。

「おかえり、浅緋」

 ラピスの顔がほころび、再び抱きしめられる。今度は浅緋も、ラピスの背中に手をまわした。

 あたたかい。お香のような良い香り――ラピスの匂いだ。

 浅緋は、元の世界に帰りたいとは思わない。それはずっと、元の世界に浅緋を待っている人がいないからだった。

 でも、今は違う。

 浅緋は、元の世界に帰りたいとは思わない。

 それは、今の浅緋にとって、帰る場所、帰りたいと思える場所が、この世界の、マーシュ国の、ラピスの隣だからだ。

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