目覚めは穏やかだった
目覚めは穏やかだった。浅緋がタンに触れてしまったあの時の記憶を最後に、ゆっくりと意識が浮上する。
目を開けると、すっかり見慣れた真っ黒な天井が見えた。
動き方を忘れたように軋む身体を、ゆっくりと起こそうとすると、あっ、という声が耳に飛び込んできた。
カーテンを開けていたらしいその人は、タンだった。窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
「タンさん……」
ガラガラの喉で、なんとか名前を呼ぶ。タンが慌てた様子で、水の入ったコップを差し出してくれる。一口飲むと、全身に染み渡るような心地がした。
「ありがとう……オレ、どのくらい寝てた?」
「もう二日近い。普通は一日ちょっとくらいで目覚めるんだけど、なかなか起きないから心配した。皆で代わる代わる様子見てて、俺はさっき来たとこ」
「そっか、ありがとう」
浅緋の言葉を最後に、部屋が気まずい沈黙に包まれる。居心地の悪さに音を上げたのは、二人同時だった。
「あのさ!」
「タンさん!」
二人の声が、きれいに被る。浅緋が「あ、ごめん。どうぞ」と譲ると、タンは「あ、ありがと」と軽く頭を下げて話し始めた。
「俺、アンタに謝りたくて……本当にごめんなさい。俺のせいで、危険な目に遭わせた。護衛失格だ。それに、きっと見たくないものを見せたし、見せたくないだろうものを見てしまった。ほんと、ごめん」
タンが深々と頭を下げる。そこに、いつもの皮肉屋な様子はない。
「タンさん、顔を上げて」
浅緋はできる限り優しく呼びかけた。タンが泣き出しそうな顔を向けてくる。
「不注意でタンさんの手に触っちゃったのは、オレのほうだよ。本当にごめん。それに、見せたくないものを見せて、見たくないものを見たのは、タンさんも同じでしょ?」
浅緋はもう一度「タンさん」と、そっと呼びかけてから続けた。
「気を悪くしたらごめんね。でもオレ……タンさんについて、知れて良かった。きっとこれで、オレたちは深く分かり合える。タンさんの手を、間違いなく握ることができる」
浅緋は右手を差し出した。タンは一度大きく目を見開いてから、覚悟を決めたような顔で、浅緋の手をぎゅっと握った。あたたかくて、思っていたより少し小さな手だった。
タンが口を開く。
「俺、コイズ様たちに、アンタのこと信用できるって伝える。アンタの過去を見て、確信できたから。体質魔法なら誤魔化しがきかないし、信じてもらえると思う」
「うん、ありがとう」
「あと……もし良ければ、俺に護衛を続けさせてほしい。今度こそ、ちゃんと守りきるから」
「うん、もちろん。これからもよろしくね、タン!」
浅緋が微笑むと、タンはむずむずと唇を動かしてから、扉のほうへ駆け出した。が、扉の前で立ち止まったかと思うと、くるりと振り返る。
「じゃあ俺、ほかの人たちにアンタが起きたこと、伝えてくるから。……これからもよろしく、浅緋サマ!」
その表情は、浅緋が始めて見る、タンの年相応の笑顔だった。




