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浅緋はずっと

 浅緋はずっと、父と二人暮しだった。

 母は、浅緋が生まれてすぐに他界したらしいが、まったく記憶がない。

 母がいないことを気にしたことがないくらい、父は全力で浅緋を愛してくれた。

 浅緋を色々なところへ連れていってくれたし、めいっぱい愛を伝えてくれた。誕生日の度に、日の出を見に海岸に連れて行ってくれた。浅緋がその光景を初めて見たときに歓声を上げたことを、いつまでも覚えているような人だった。

 そんな父が他界したのは、去年――浅緋が十九の時だった。

 不幸な事故だった。当日の朝まで、父はいつもと変わらない様子で「行ってきます」と笑っていた。心の準備なんて、出来ているはずもなかった。

 父がいなくなって、浅緋の中のなにかが空っぽになった。表面上はいつもと変わらない日々を送っていた。父は仕事で家にいないことも多かったし、家事は一通りできたし、父のおかげで貯金もあった。それでも、時折どうしようもなく虚しくなった。それは、シャワーを浴びている時だったり、作りすぎた味噌汁をすすっている時だったりして、気付くと頬が濡れていて、自分が泣いていることに驚く始末だった。

 だが人は、案外新しい日常に慣れてしまえるものらしい。一年が経つ頃には、父のいない暮らしが当たり前になって、浅緋は空っぽな部分を抱えたまま、笑えるようになった。こちらの世界にやって来たのは、そんな時期のことだ。

 だから浅緋は、元の世界に戻りたいとは思わない。たとえ元の世界の家に戻ったとしても「おかえり」と言ってくれる人はもういないのだから。

 不意に頭上から音がして、隙間から光が差し込んだ。タンが身を固くするのを感じて、意識を引き戻される。

 そうだ、今はタンの過去を追体験していたんだった。

 この地下収納に入ってから、一時間以上は経っている気がする。最初に聞こえていた衝撃音は止んだが、タンはまだ外へ出られずいた。母親がどうなったか見るのが恐ろしい、というのもあるかもしれない。

 タンが耳を覆っていた手を恐る恐る外すと、数人の男の声が聞こえてきた。

「本当にこの中にいると思うか?」

「この家には、確かガキがいたはずだ」

「おい、気をつけろよ。相手は子供とはいえ魔族だ」

 タンが目を見開いて、両手で口を塞いだ。呼吸が浅くなる。開けないで、と必死で願うが、無情にも扉が開いていき、光が強まる。

 殺される!

 全てを覚悟してギュッと目を瞑ったその時、ザシュッという音が響いた。同時に、顔にあたたかい飛沫がかかる。

 恐る恐る目を開けると、すぐ目の前で男が事切れていた。その物言わぬ体が、乱暴に取り払われる。取り払ったのは、マーシュ人の青年だった。

「君、怪我はありませんか」

 赤い肌のその青年が、光を背負って(ひざまづ)く。タンの目にその男は、まさしく救世主として映った。

 青年は、コイズ・ソルと名乗った。浅緋はそれで、タンがコイズのことを「コイズ様」と呼び続けている理由がわかった気がした。きっとタンにとって、コイズは兄である以前に、救いであり、憧れなのだろう。

 コイズ・ソルたちマーシュ人の救援が来た頃には、生き残りはほとんどいなかったと言う。マーシュ人は魔法が使えるとは言え、特別な訓練をしていなければ攻撃魔法を使いこなすことは難しい。まだ幼かったタンは、ソル家に養子として引き取られることになった。タンの魔力量が平均を大きく上回っていたことも、引き取る理由になったらしい。

 タンはソル家に引き取られてから、上流階級の立ち居振る舞いや、座学、攻撃魔法などの教養を教わったようだった。ソル家の人々は、一族の人も使用人たちも優しかった。それでもタンは、両親を失ったあの日のことを忘れることなどできずにいる。浅緋の護衛を任されたのは、そんな中でのことだった。

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