お約束もなく押しかけてしまい
ラピスが「誰だ」と声をかけると、「コイズ・ソルでございます」と返答があった。
「お約束もなく押しかけてしまい大変申し訳ございません、陛下。我が弟と異世界人の件について、お伝えしたいことがございます」
今は早く浅緋の容態を見に行きたい。別件ならば後にするところだが、この件ならば話を聞かない訳にはいかない。スタルが素早くラピスの机の前に衝立を置くのを確認し、「入れ」と声をかけた。
コイズ・ソルは入室すると衝立の前に跪いた。布越しのためシルエット程度でしか確認できないが、少し焦りが見える。
「陛下、突然押しかけてしまい……」
コイズ・ソルが謝罪から入ろうとするのを、ラピスは遮った。今は時間が惜しい。
「謝罪は良い。本題に入れ」
コイズ・ソルは「かしこまりました」と一揖し、続けた。
「異世界人と我が弟が目を覚まさないと――」
「『異世界人』ではなく、浅緋だ」
「……浅緋殿と我が弟が目を覚まさないとのことですが、恐らく原因は我が弟かと存じます」
意味を掴みかねて、ラピスは首を傾げた。
「両名とも怪我はないとのことだが……タン・ソルに何か魔法をかけさせたのか?」
「いえ、タン自身、望んでのことではないかと。……タンの、体質魔法が原因かと存じます」
体質魔法。通常、魔法は本人の意思で操るものだ。しかし時折、特定の条件によって発動してしまう――本人の意思で操ることのできない魔法を、生まれつき持っている者がいる。この体質魔法は、本人にも、そして相手にも防ぐ術はなく、制約にも長所にもなりうるものだ。しかし。
「私は、タン・ソルが体質魔法を持っているなど聞いていないが」
ラピスがスタルに顔を向けると、スタルも首を振った。どうやら知らなかったらしい。
護衛を任せる際に伝えておくべきではないのか、と言外に匂わせる。コイズ・ソルは頭を下げ、「申し訳ございません」と謝罪してから続けた。
「タンの体質魔法は、手を触れた相手と自らが眠りにつき、双方が互いの過去の夢を見る、というものです」
「つまり今、浅緋はタン・ソルの過去を、タン・ソルは浅緋の過去を夢の中で見ている、ということか?」
「はい。タン自身、この体質魔法が発動しないよう細心の注意を払っていること、タン本人がこの力を隠したがっていること、そして何より、この体質魔法に目をつける者がいる可能性があることから、私の判断でご報告していませんでした」
「……そうか」
体質魔法は強力だ。防ぐ術がない。とすれば、タンの体質魔法は、あまりにも尋問向きすぎる。
この力さえあれば、拷問の手間すら必要ない。知りたい情報があれば、ただタンが相手に触れて、眠っている間に相手を殺してしまえば良い。
もっとも、タンの負担を考えなければ、の話だ。さらに、そのように利用されたタンは、機密情報の宝庫になる。今度はタンの身が危険にさらされるだろう。能力を隠したがる気持ちも、わからなくはない。
「それで、二人はいつ目を覚ます?」
ラピスが問うと、コイズ・ソルは少し考えるそぶりを見せてから「恐らく、一日から一日半といったところかと」と返してきた。
ひとまず、最悪の事態は避けられそうでほっとする。とはいえ、まだ油断はできない。今は早く浅緋の顔を見ておきたい。
「報告は以上か」
ラピスが問うと、コイズ・ソルは「陛下」と頭を一際深く垂れた。この国における、最上位の礼だ。
「タンを護衛として指名したのも、タンの体質魔法について隠していたのも、すべて私の判断です。私が全ての責を負いますので、タンのことは何卒……」
見逃して欲しい、ということだろう。ラピスは少し考えてから、慎重に返した。
「両名が無事目を覚まし、何があったか明らかになるまでは、誰がどのように責任を取るか、判断することはできない」
「はい……」
コイズ・ソルの声に落胆が滲む。ラピスは「ただし」と続けた。
「タン・ソルの体質魔法については、無闇に広めないと約束しよう。それから、コイズ・ソル。お前にはスタルを監視につける。タン・ソルのそばに居てやれ」
「陛下……寛大なお心に、深く感謝いたします」
コイズ・ソルの礼がさらに深くなる。
浅緋と出会う前の自分なら、どう対応しただろうかと、ふと思う。
コイズ・ソルの感情まで考えて対応することなど、できただろうか。大切な人のために何を望むか、想像することができただろうか。
そう考えると、なおさら早く浅緋の姿を見たくなった。




