返事がないなら、攻撃する
「誰だ」
タンが前方へ、硬い声で問いかける。あたりがしんと静まり返る。しかし、タンが「返事がないなら、攻撃する」と言うと、ガサガサと音を立て、茂みから三人の少年たちが出てきた。
少年たちはタンと同年代――中学生か高校生くらいのようだった。刺客にしては、派手で高価そうな服を着ている。服だけでなく、髪色や角など、本人たちもかなり目立つ外見だった。リルが「外見の特徴は強さの証」と言っていたのを思い出し、浅緋は今更ながら緊張を覚えた。
少年たちは、ニヤニヤと笑いながら近付いてきた。感じが悪い、という言葉がぴったりの笑みだ。先頭に立っていた、一際背の高い少年が口を開く。
「これはこれは、タン・ソル様。腕がなまっていないようで、安心しました」
少年が慇懃無礼に腰を折る。しかし、その口調はあからさまに煽るようなものだった。
タンは目配せして浅緋を少し下がらせると、同じように腰を折って挨拶した。
「皆さま、御機嫌よう。申し訳ございませんが、今は仕事中でして、ここを通していただけないでしょうか」
「ッハハ! 仕事! 散歩するのがですか? 名家の方は呑気で良いですねぇ」
「……詳しくは申し上げられませんが、事と次第によっては、皆さまについて、陛下にまでお伝えせざるを得ないような案件です。ご承知ください」
タンはあくまで丁寧な態度を崩さないまま、話を切り上げようとする。しかし、少年たちの横を通り抜けようと足を踏み出すと、邪魔をするように回り込まれた。長身の少年が、タンの顔を覗き込む。
「タン・ソル様。我々は貴方のことを心配して、申し上げているのですよ? 最近、あのお嬢様やそこの男など、魔力の低い者たちとばかりつるんでいるようですから」
お嬢様、というのはリルのことだろうか。流石の浅緋も、これにはムッとする。リルを馬鹿にされたことはもちろんだが、タンに対してもわざと挑発しているのは明らかだ。
長身の少年は畳み掛けるように続ける。
「ただでさえ貴方は養子なのですから、付き合う相手は選んだ方が良いのでは? ご自慢の魔力が衰えては、家に居づらくなるでしょう?」
後ろの少年たちがクスクスと笑い声を立てる。タンが手を握りしめるのが見えた。
いくらなんでも悪質だ。
自分が出ていってどうなる話でもないかもしれない。それでも我慢できずに、浅緋は一歩前に踏み出そうとした。しかし、タンの左腕に遮られる。
「ご心配、痛み入ります。お話が以上でしたら、失礼いたします」
タンは一礼して歩き出した。浅緋も慌ててタンの後を追う。長身の少年は、いなされたのが気に障ったらしく、「おい待て!」とタンの腕を掴もうと、手を伸ばした。その時だった。
「触るなっ!」
ぎょっとするほど大きな声とともに、パンッという音が響く。声はタンが発したものだった。長身の少年はポカンとした顔で、払われた自らの手を見つめている。
タンの、黒手袋に包まれた手は動いていない。この魔法は見覚えがある。確か浅緋も、初対面のときタンに握手しようとして、同じように手を払われた。
一瞬、空気が凍りつく。しかし、まずタンがハッと我に返った。
「あっ……も、申し訳ございません」
タンがガバリと頭を下げる。タンにしては珍しく、慌てた様子だ。どうやら反射的に払ってしまったらしい。
長身の少年はタンの謝罪を無視して、ニヤリと笑った。
「今、貴方のほうから魔力を使ったんですからね」
そう言うなり、後ろの二人に目配せする。三人は両手を胸の前にかざした。その手に、野球ボール程度の真っ黒な球が生まれていく。その三つの球が、勢いよく浅緋とタンのほうへ飛んできた。
「うわっ!」
浅緋は思わず声を上げて、両腕で顔を庇った。しかし、予想していた衝撃は訪れない。恐る恐る目を開くと、タンの前に身の丈ほどの黒い壁ができていた。タンが手をかざしているから、きっとタンが作り出したものなのだろう。
タンはハア、と短く嘆息すると壁を消し、三人のほうへ人差し指を向けた。その先に、真っ黒な球が膨らんでいく。今度のものは、野球ボールサイズを遥かに超え、上半身を超えるほどの大きさになった。
少年たちが慌てた様子で、自分たちの前に薄い壁を展開する。しかし、タンの力は圧倒的だった。タンの前の大きな球は三つに分かれ、少年たち目掛けて過たず放たれる。三人の壁はガラスのように砕け散り、球は少年たちの腹に直撃した。
少年たちは立ってもいられないようで、呻き声を上げてうずくまる。
これが、攻撃魔法……。
クオリティの高いプロジェクションマッピングのようにしか見えない光景を前に、浅緋はただ立ち尽くしているほかなかった。
タンが涼しい顔で振り向く。
「怪我はない?」
「あ、う、うん」
浅緋が頷くのを確認すると、タンは突然頭を下げた。
「……巻き込んで、ごめん」
「え! いや、むしろ――」
守ってくれてありがとう、と続けるつもりだった。
しかし、浅緋はハッと視線を外した。視界の端で、何かが動いたからだ。
長身の少年が倒れたままながらも、なんとか手を挙げた。攻撃するというより、なんだか――。
合図を出しているような。
そう思った瞬間、道沿いに立つ木の上部が揺れ、小さな黒い球体が飛んでくるのが見えた。
「危ないっ!」
浅緋は咄嗟に、タンに手を伸ばした。ただひたすら、タンを助けたい一心で、無我夢中だった。そして、タンにとっても恐らく、全く予期せぬ事態だった。
だからこそ、浅緋はタンの手を握ってしまった。
浅緋とて、気付いていた。タンが手に触れられないよう、気を付けていること。手袋に包まれた手に触れられそうになった時、過剰に、そして反射的に防衛していること。だから、浅緋もタンの手には触れないよう気を付けていたし、普段の生活の中で触れることなどないだろうと思っていた。油断していた、と言っても良い。
ハッと気付いたときには遅かった。タンがあんぐりと口を開けているのが、スローモーションのように目に映った。タンの目が泣き出しそうに歪んでいって、なんだかこちらまで悲しくなる。
その顔が目に焼き付くやいなや、浅緋の意識は、唐突にシャットダウンした。




