表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

手の甲に触れた大きな手は

 手の甲に触れた大きな手はあたたかく、目の前の人物が間違いなく生きていることを感じさせた。

 その人が、浅緋の知らない言葉で何かを言った。その声が心地よい低音で、ようやくその人が男であることを知る。

 とはいえ何を言われているかはわからず、その男のヴェールで隠された顔を見上げるほかない。と、手元でパキリ、と軽い音がした。

 何事かと目をやり、驚く。両手が自由になり、割れた手錠が男の手の中にあった。明らかに金属製で重量感もある手錠だったのに、これも魔法の力なのだろうか。

 男は跪いたままだった仮面の老人を立たせると手錠を手渡し、しばらく言葉を交わしていた。聞くともなしに聞いていると、再び浅緋のほうに顔が向けられる。

 男は浅緋の顔を真っ直ぐに見て、何かを言った。同じ発音が再び繰り返されるが、さっぱりわからない。浅緋が困り果てて首を傾げると、男と老人が顔を見合わせた。

 男が浅緋の方に向き直る。再びその手が持ち上がるが、今度は額に手が当てられた。

 瞬間、頭の中を風が吹き抜けるような感覚があった。

「これでどうだ」

 一瞬、意味が分からなかった。少し遅れて、黒い男が発した言葉だと気付いた。

「え、あ、わかります」

 浅緋が慌てて返事をすると、黒い男は安堵したように小さく息を吐いた。が、その嘆息を、老人の方は違う意味に取ったようだった。

「申し訳ございません、陛下。まさか話すことができるとは思わず」

 老人が深く頭を下げると、黒い男は「構わん、私も気付かなかった」と頭を上げさせた。

「まったく、奴らも言語魔術くらいかければ良いものを」

 男は独り言のように呟いてから、浅緋の方に向き直った。

「すまなかった、異世界人よ。改めて、私はラピス。そちらの仮面をつけた男は、従者のスタルだ。……人間たちは私を、『魔王』と呼ぶ」

「魔王……」

 ファンタジーでしか聞かない響きを、思わず復唱する。怒涛の展開すぎて、脳みそが処理落ちしそうだ。

 と、その時、ぐう、と気の抜けた音が響いた。

 一秒ほど経ってから、自分の腹の音だと気づき、顔が熱くなる。気付けば、空腹は既に限界を超えていた。そりゃあ何も考えられないわけだ。

 ラピスと名乗った男は、ふ、と笑うように息を漏らした。

「何か、食べるものを用意しよう」

 ラピスが言って目配せすると、すぐさまスタルが部屋を後にした。二人きりになった部屋で、ラピスは静かに椅子に座り、向かいの椅子を指さした。

「疲れただろう。座ったらどうだ」

 お言葉に甘えて、着席する。椅子は見た目以上に柔らかさと弾力があった。肩の力が抜ける感覚があり、そこでようやく、自分が緊張し続けていたことに気付いた。

「異世界人よ、名はなんという」

「浅緋です。贄川(にえかわ)浅緋」

「浅緋か。事情はどの程度知っている」

 突然の問いに、浅緋は「え、事情?」と首を傾げた。

「人間たちと我々の関係や、異世界人については?」

「ええと、そもそもオレが異世界人って呼ばれてる意味もわからないです」

「なるほど、よくわかった。つまり、なにもわからないのだな」

 浅緋は「すみません……」と力なくうなだれた。

「謝ることは無い。事情なら、私から後で説明しよう。……ただ、その前に言っておくことがある」

 ラピスの声色が真面目なものになり、浅緋は顔を上げた。ヴェールで覆われた顔は相変わらず見えないが、隠された目は浅緋を真っ直ぐ見据えているように感じられた。

「私は、浅緋を傷つけるつもりはない」

 続けて、「もっとも、信じられないかもしれんが」とラピスが自嘲する。

「信じます」

 考える前に、声が出ていた。顔は見えないが、ラピスが驚いている気配を感じる。

「……なぜ」

 少しかすれた声で、ラピスが呟く。その瞬間、目の前の男の素顔を感じたような気がした。威厳や風格を全てはぎ取った、まっさらな声だった。途端に、浅緋は、まとまらない考えをなんとか言葉にしたいと思ってしまった。

「オレ、まだ何も分からないんですけど、白い光に包まれてから、ずっと変なこととか怖いことばっかりで……でも、あなたは、ラピスさんは、オレのことをまっすぐ見て、まっすぐ話してくれるから、信じたいと思ったんです」

 ……やっぱりまとまらなかった。

 もっと上手く言えただろ、と自分でも思う。あまりの拙さに赤面して下を向いていると、「ラピスで良い」と声がした。

「え?」

「呼び方。ラピスで良い。敬語も不要だ」

「え、でも、王様なんですよね?」

「私は、浅緋の王ではない。それとも、何か不満か」

 ラピスがなぜか、そっぽを向きながら言う。

 もしかして、照れてる?

 もしくは、拗ねているのか。いつの間にか、最初に感じた圧倒的な存在感は、感じなくなっていた。

「わかった。じゃあ、ラピス」

 浅緋が言うと、ラピスは「ああ」と頷いた。その顔は何となく笑っている気がして、ヴェールの下を見てみたい、と思ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ