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良ければ食べて

「と、いうわけで、はいコレ。良ければ食べて」

 夜、部屋にやって来たラピスに事情を話して、カルクロメの入った袋を渡す。

 ラピスは瞳を輝かせてから、真っ直ぐに「ありがとう」と言ってくれた。その幼い子どものような表情が不思議とラピスらしくて、笑いが漏れる。

 と、ラピスが突然立ち上がった。

「ラピス? どうかした?」

 浅緋が驚いてたずねると、ラピスがイタズラを思いついた子どものような笑みを浮かべた。

「浅緋。良ければ外で食べよう」

「えっ! いいの?」

 思わず大きな声が出た。外出が許されたとはいえ、ラピスと外出するイメージが持てなかったからだ。思えば、初対面の時を除いて、この部屋でしかラピスと会ったことがない。

 そもそも護衛――タンがいないが、良いのか。浅緋が問うと、ラピスはフ、と笑った。

「魔王の近くは、この世で一、二を争うほど安全だろう」

 それを聞いて、浅緋も吹き出した。なるほど、それもそうだ。

 カルクロメの袋だけ持って、二人で部屋を出る。

 夜の廊下は、昼とはまったく雰囲気が違った。なんと言っても、暗い。城内はほとんどが黒中心で統一されているが、昼は太陽光があるため、あまり暗さは感じない。夜でも部屋には照明があり明るいが、廊下には蝋燭が間隔をあけて並んでいる程度で、あとは窓から射し込む月の明かりがあるだけだ。

 廊下をキョロキョロと見ていると、スルリと右手を取られた。

「こちらだ」

「あ、うん」

 ラピスに手を引かれるまま歩き出してから、ようやく浅緋は混乱し始めた。

 あれ? オレ今、手、繋がれてない?

 あまりにも突然で、驚く暇すらなかった。右手から、ラピスの手のあたたかさが伝わってくる。武器は使わないのか、ゴツゴツした骨の感触はあっても、皮膚は思いのほか薄く柔らかい。

 思えば、学校行事や親を除けば、誰かと手を繋ぐなんて初めてだ。あまりにも暗いからか、人目がないからか、はたまたラピスだからか、嫌ではない……というより、安心すらする。

 それよりも気になるのは、ラピスがあまりにもスムーズに手を繋いできたことだ。魔王の体質からして、こうして誰かと手を繋ぐ機会はそう多くないはずだ……多分。きっと。だとしたら、物語とかで覚えた? それとも、実は特別な相手がいる、もしくはいた、とか……?

 浅緋が一人で悶々としていると「浅緋」と名を呼ばれた。顔を上げると、ラピスが振り返っていた。漆黒の肌は、月夜の廊下にあってもなお、黒く美しい。

 なんだか夜に溶けそうだ。

 思わず、ぼんやりと見つめてしまう。ラピスが首を傾げて再び名前を呼んできたので、ようやくハッと我に返った。

「あ、ごめん……どうしたの?」

「浅緋が何か考えているようだったから、気になってな。どうかしたか」

「えっ!? ええと……あっ、そう、人! 人の気配がないなあって!」

 まさか考えていたことをそのまま言う訳にもいかず、しどろもどろに返事する。しかしラピスは特に疑問を感じた様子もなく、「ああ」と頷いて続けた。

「ここは、王――すなわち私の仕事兼生活のための建物だからな。ここで寝起きしているのは、私と、側近のスタル、それから今は浅緋の三人だけだ」

「えっ、そうなの?」

 広い建物だし、城と言うからには、てっきり多くの人が住んでいるものと思っていた。

「ああ……もちろん城内には多くの者が住んでいるが、すべて別の棟だ。この建物はとりわけ奥まったところにあり、関わりのない者は滅多に近付かない。だからこそ、浅緋が暮らすにはぴったりだろう」

「確かに。どうりで静かだと思った」

 部屋にこもっていたころから、ラピスとリル以外、人の気配を感じることがなかった。結界のせいかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

「静か、か。そうだな。……五年前までは、もう少し賑やかだったんだがな」

「五年前?」

「ああ。それまでは、先代とスタルと、三人で、ここで暮らしていた」

「先代って、ラピスの前の王様?」

 ラピスが「そうだ」と頷く。

「先代は私と違って、明るい人だった。私のことも、実の子どものように可愛がってくれた。それなのに、私は――」

 ラピスはそこで言葉を切って、窓の方を見つめた。半歩後ろを歩いている浅緋からは、完全に顔が見えなくなってしまう。

 なんとなく不安になって「ラピス?」と呼びかけてみる。しかし、振り返ったラピスは「すまなかった、気にしないでくれ」と微笑んだ。

 そのままスルリと離れようとするラピスの左手を、浅緋は気付けば両手で掴んでいた。

「待って、ラピス!」

 声は、どこまでも静かな廊下に、思いのほかよく響いた。こんな積極的なことができたのかと、自分でも驚く。しかし、今は、絶対に手を離してはいけないような気がした。

 ラピスの黄金の瞳が、まあるく見開かれている。浅緋は握った両手にぎゅっと力を込めた。

「あのね、ラピス。その……話したくないことを話してほしいわけではないんだけど、もしも話したい時が来たら、話してね。オレはいつでも、聞くからね」

 ラピスは少しの間ポカンと口を開けていたが、やがて眉を下げて笑った。その顔が、先ほど手を離そうとしたときの微笑みよりもずっとやわらかくて、ほっとする。

 ラピスは「ありがとう」と言って、再び歩き出した。握られたままの右手から、あたたかさが伝わってくる。

 そのまま静かに建物を出て、扉のすぐそばにあるベンチに腰掛ける。並んでカルクロメを食べていると、ふいにラピスが口を開いた。

「浅緋、先ほどの、先代の話だが」

「うん」

「五年前、先代は勇者に殺された。しかし、その詳細は、今は話すことができない。すまない」

「うん」

「この件は、自分の中で、きちんと言葉を整理してから話したい。だから……いつか、聞いてくれるか」

 浅緋は弾かれるようにラピスを見上げた。不安げに揺れる瞳と目が合う。浅緋は微笑んで、「うん、もちろん」と頷いた。

 この優しいひとが、今夜、心穏やかに眠れますように。

 やさしい光を投げかける月に、浅緋は心から願った。

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