扉の向こうに立っていたのは
扉の向こうに立っていたのは、十代半ばくらいの、一人の少年だった。
日本なら、中学生か高校生くらいだろう。膝下丈のズボンから伸びるしなやかな足は、これからの成長を予感させる。
褐色の肌は、ラピスとは異なり一般的な人間と変わらない色合いだ。しかし、意思の強そうな黒い瞳の瞳孔は縦に細長く、よく見ると鈍く色を変えているように見える。
何より目を引くのは、額から伸びた、二本の角だった。山羊にも似た大きな角は、短い髪と同じ青みがかった黒で、宝石のように美しい。
リルは「まあ!」と声を上げてから、少年を部屋に招き入れた。
「護衛の方って、タン・ソルさまでしたのね。お久しゅうございます」
リルが優雅に腰を折って挨拶すると、タン・ソルと呼ばれた少年もにっこりと笑みを浮かべてお辞儀した。
「お久しぶりです、リル・リルハ様。新年祝賀会以来ですね」
リルは浅緋のほうを向き、右手でタンを示した。
「浅緋さま、こちらはタン・ソルさま。四魔賢が一人、コイズ・ソルさまの弟君ですわ」
なるほど。四魔賢のうち浅緋の外出に反対していたという人物の、弟らしい。
「はじめまして、贄川浅緋です」
浅緋はできる限り丁寧にお辞儀して、「よろしくお願いします」と手を差し出した。
その瞬間、パンッと乾いた音が響いた。
一瞬遅れて手のひらにピリピリとした刺激が走り、手を払われたことに気付く。黒手袋に覆われたタンの手は動いていないから、きっと魔法を使ったのだろう。睨みつけてくるタンをポカンと見つめることしか出来ずにいると、「何をなさいますの!」とリルの鋭い声が飛んだ。
「浅緋さまに謝罪してくださいませ」
浅緋を庇うように、リルが二人の間に体を滑り込ませる。しかしタンは、先ほどとは打って変わって、嘲るような笑みを浮かべた。
「まさかとは思いますけど、コイツを本気で信用してるんですか? コイツはマーシュ人じゃないどころか、勇者と同じ異世界から来てるんですよ」
「私は浅緋さまを信頼しておりますの。そこにマーシュや勇者のことは関係ございませんわ」
「ご立派なことだ、俺には到底真似できませんね。まあ安心してくださいよ、護衛の仕事はちゃんとやりますから」
タンは「ただ」と言って、リル越しに浅緋を睨みつけた。
「アンタを信用する気は、一切ないってだけ」
それは、これまで向けられたことがないほど、恨みのこもった視線だった。しかし不思議と、浅緋の中に恐怖や怒りは湧いてこない。それはきっと、タンの目が、本当の意味では浅緋を見ていないからだろう。
再びタンに言い返そうとするリルを、浅緋は止めた。
「リルさん、オレは大丈夫だよ」
「ですが……陛下やスタルさまにお伝えすれば、護衛の担当者を変えていただくこともできるはずですわ」
リルが不安げな顔で言ってくれるが、浅緋は首を振った。
「タンさんも護衛はするって言ってくれてるし……それに、これ以上ラピスに頼りっきりになるのは嫌なんだ」
お願い、とリルに頭を下げると、リルは唸りながら悩んだあと「わかりましたわ」と頷いた。
「ただし、タンさまの護衛が不十分だと感じた場合は、ご報告させていただきますわ」
「よろしいですわね?」とリルがタンに厳しい目を向ける。タンは「ええ、もちろん」と挑戦的な笑みを浮かべた。
「タンさん、さっきは突然握手しようとしてごめんなさい。これからよろしくお願いします」
浅緋は改めて、タンに向かってお辞儀した。タンは、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、リルが再び厳しい表情になる。
け、険悪すぎる……。
部屋に漂う重すぎる空気に、浅緋は引きつった笑みを浮かべるほかなかった。




