山南敬助の処断
京都三条の木屋町通り裏手にあった貧民長屋を芦川長屋と言った。此処を仮住居とした三番隊隊士の村上剣吾は新選組に所属する素性を周囲へは隠し、以近に潜伏する攘夷浪士達に備える。
昨日の晩は周辺地域の夜間警備担当だった為、会津藩の夜廻り同心が巡回する時間帯に混ざり込み攘夷運動や決起勃発の予防と火の用心を兼ねた町人の体で行った朝方の帰りである。
「あら剣吾はん、お帰りやす」
玄関先の井戸前で会った芦川ナミは宮大工の父善三と共に、この長屋の屋号である芦川を苗字に名乗り隣りに住まう。
会津藩邸へ雑用をする下女として通う彼女は剣吾より一つ二つ年上だろうか、然し貧民という割に整った顔の京美人だ。
「昨日の晩に拍子木鳴らしはったんは剣吾はんどす?」
「そうです、そうです、良い調子だったでしょう?」
ナミはにっこりと笑い、
「本当に漢らしゅうおしたなあ」
と言われ「あいや」と剣吾がこれに参ったという表情。京都訛りの女性にも随分慣れてきたが、これは遠回しの低評価である。
「声の抑揚がいまいちでしたでしょうか?」
教授を煽るが、
「そうどすなぁ…今度うちのお父に紫檀の木っ端にでも鉋掛けしてもろうときますさかい」
「孫にも衣装、火の用心にも拍子木ですか…」
これは手痛い。樫ならともかく、紫檀で拵える拍子木では神楽舞や奉納でもやるかのような高価なものだ。
くすくす笑うナミが、
「冗談どす」
「もー、どうせ音感無いですよ俺は」
「拗ねはらんで剣吾はん、お客さん来とりますえ。お部屋で待ってはります」
そろそろ朝飯前ほどの時刻だ。
はてな、と剣吾。
「こんな早い時間にですか?」
「形の良えお侍さんどす、志木はんがお相手しとりましたが?」
「そうでしたか、ありがとうございます」
新選組の者だろう。
然るに中島登ではないとすると、この長屋に足を向ける者とは一体?
ナミへ小さく頭を下げると、剣吾は自らの住まう一室の建て付け悪い玄関戸に手を掛ける。
「只今、戻りました」
がたがたと引き摺るように戸を開ける剣吾。
「帰ってきたか剣吾」
中にはまず三番隊副組長の志木左近、剣吾と共にこの棟へ住まう。
「おはようございます、村上君」
そして新選組総長・山南敬助である。
珍客、というほどでもなかったが剣吾が少々意外な顔を見せた。
「山南さん、わざわざこちらにいらしたんですか」
山南からの任務がある時、凡そは壬生寺の駐屯所に呼ばれ剣吾の方から赴くのが殆どの場合であったのだが。
緊急の用事、というには山南の様子はいつもの通り落ち着いたものである。
「お二人に少々、極秘の任務がありまして」
「極秘…?」
志木が僅かに顔を顰める。
この『二人』という言葉の中にはどうやら三番隊組長の斎藤一は含まれていないようであった。
「まだ内情が不確定なものです。状況が分かり次第、土方さんと相談をします」
まただ。
今度は近藤の名を出さずに土方と相談すると山南は言った。
ちらと剣吾が志木を見やるが、とりあえず話しを聞けと志木が目で訴えかけている。
「情報が整理出来るまで他言しないで下さいね」
「…分かりました、で、その極秘任務とは?」
「四番隊組長・松原忠司の身辺を探って頂きたい」
「っ!?」
流石にややともする剣吾と志木。
聞き慣れたその名にやはり、二人の脳裏には粛清の二文字が過ぎっている。
「何を探ると…?」
声の出せぬ剣吾に変わって志木が山南に問うが、
「一日の行動から隊の外で会っている者の素性まで調べ上げて欲しいのです」
「な、何故…」
四番隊組長の松原忠司は、総長山南と揃って、
「新選組の親切者と言えば山南と松原」
と周囲に言わせる程の穏やかな人格をしている者であった。
元は兵庫の小野藩士であり体術を柔術、また薙刀の使い手として藩からは徘徊御免を授かり各地に出ての武者修行を許された。これは松前藩を出て来た永倉新八に近いものがあり、それだけ武芸に秀でている人物ということになる。
新選組へはその前身である壬生浪士組から属し古参であった。八月十八日の政変では丸めた頭に大薙刀を構える風貌で京都御所南門を警備する様から『今弁慶』という牛若丸伝説由来の異名を取り、攘夷浪士討伐にあたってはその名に違わぬ奮闘ぶりを見せ付ける隊内でも信頼の厚い人間だ。
──粛清?松原忠司を?
呆気にとられる剣吾と志木を後目に、用件を済ませた山南は挨拶も短く二人の元を後にする。
山南が去った後、
「剣吾よ、やるか?この任務は」
「と俺に言われましても…あの松原さんが何か局中の御法度をしでかしているとも思えませんし」
ううむと志木が腕を組み唸る。
「まだ下調べする段階だろうが…山南さんの様子もどこか妙だ」
そもそも本人が二人の住まう長屋にまでやって来ての事である。
然し粛清となるとまず介すのはこの二人よりは組長の斎藤一のようには思える。それも松原程の武芸の使い手となれば余計に、だ。山南は土方に相談をすると言った。
「何か良くない事が見つかれば土方さんを通して斎藤さんが動くでしょう」
「だが山南さんは我々に命じた。斎藤さんでもなく島田さんでもなく、だぞ?」
諸士調役筆頭はまず山崎烝であったがこちらは攘夷運動への警戒を主として暗躍する為、隊内調査にはそこまで関与をしてこない。
まずこういった身内絡みの探りに関しては斎藤と島田が現場判断の暗殺も兼ねて副局長の土方から直接指示を受けている事が概ねである。
と、いう内情で二人は理解していた。
「まあ何も見つからないかもしれませんし」
「じっくり思案しよう。報告する内容も私達で吟味した方が良いかもしれん」
いつになく慎重な志木に剣吾も山南への不穏をひしと感じ取っている。
京都下京に開設された島原は日本初の公許花街だ。豊臣秀吉の頃に考案された切妻屋根の高麗門を入り口に構え、区画内は格子造りの揚屋が整然と立ち並ぶ高貴な風格と同時に堅牢な遊廓の元祖でもある。
江戸の遊廓吉原では此処に習い更に堅牢さに磨きのかかったお歯黒溝とよばれる水路の外堀までも建造されたが、こちら島原の周辺は高い土塀が花街を取り巻き、閉鎖的な空間という意味で言えば京都御所以上だ。
だが塀の内は実に雅でありまた巧智な街並は世界中の人々が想像するであろう正しく妓楼。建築は和洋折衷を早くに取り込み西洋硝子やタイルを用いた軒看板や夜の街を彩る照明、然るに京都産の焼杉の壁に京瓦は磨きの掛かった燻し銀と日本独自の景観を決して損なわず内外の文化が見事に融合された豪華絢爛である。
島原で生まれた遊女の最高位である太夫に変わり近年では花魁と一括りにされつつあったが、元々が男児の字であったから仕方のないことか。此等色艶やかな女郎達が高価な打掛を羽織り花街を歩くのだから盛った男共が魅入るのも頷けるだろう。
この男の避けられぬ性欲という性質を利用して、遊廓街がしばしば非ぬ計略の打ち合わせに用いられるのが古来より伝統であるのは、昨今の動乱期においてもまた相違なかった。
暮れ六つ、酉の刻に差し掛かろうとする頃。
日は既に落ち然し、遊廓は逆に灯す明かりでその鮮やかさをより一層と増した。
夕餉と女を食らいに形を整えた侍と町人が街を歩く。
後目に二階の座敷から外の様子を伺うのは八番隊組長の藤堂平助である。
「来ましたよ、多分あれでしょう」
藤堂が上から見下ろし、
雨も降らぬというのに菅笠を被る男が一人。
遊廓ではよくある。侍のなりで女を抱きに来る者が素性を隠したい時に頭巾変わりに雨除けを使うのだ。
が、この者の場合もう一つ理由があり、それは当人が派手に人目を引く坊主頭だということだ。
「そうですか…先に少し呑んでしまいましたが、平助君も服部君も間が空いてる時に女郎でも買ってあげましたのに」
新選組参謀の伊東甲子太郎である。
「あいや、某は」
と伊東に対し過度な平伏をするのは伊東道場からの服部武雄。
この者、伊東道場では随一の使い手と言われ、その腕前はもはや主であり北辰一刀流免許皆伝の伊東すらを退いているとの噂があるほど。
さりとて藤堂も伊東のこの辺りの恰好には困ったという表情で、二人共に気質は生真面目であった事もあるが何しろこの美男且つ気品も備える伊東と遊廓に入っては異様な程に目立つのであった。
花街を歩けば格子女郎達から声をかけられ袖を引かれで、伊東自身も気取りな性格をしているせいその気にならぬ事もないので「今回ばかりは」と藤堂と服部がこの党首を諫めた。
今日、この客席は呼び寄せた菅笠の彼の為にある。
「参りました」
良く通る声で部屋に入って来た菅笠の男。
案内の若衆も女郎もを連れず、遊楼の広い貸し切りの座敷にあって此処は何ともむさ苦しい男だけの一部屋となった。
本来は不寝番という監視役が座敷の廊下に張るものだが、今はまだ女がこの部屋にはいない為、この一同に聞き耳を立てる者はない。
「お待ちしていましたよ、松原さん」
男が被る菅笠を取る。
僧侶かと見紛う程に頭を剃り上げたこの男、新選組四番隊組長の松原忠司であった。
「失礼ながら…お招きして頂くにしても、遊廓ような場所でなくとも宜しかったのでは?」
言い、三人とは少し離れた所に正座する松原。
「何を仰る、かの今弁慶と謳われている松原さんの隊内でのご活躍は私も聞き及んでいますよ」
「どうぞこちらへ」
藤堂が丁寧に用意された膳の前へ松原を勧める。
少々訝しみながらではあったが物腰の柔らかな伊東の雰囲気と、そして藤堂と服部という実直な義士には松原自身も近いものを感じつつ、最初の好感はさして悪くはなかった。
然し、伊東、
「早速ですが、貴方に女を充てがう等という事は考えていません。この場所を選んだのは他に聞く者を寄せ付けない為です」
松原が薄ら目を細める。
「…何か良からぬご相談なら受けかねませんが」
やはり松原は真面目な男だ。
ふふと伊東が上品に笑う。
「いえ、良からぬ事は『こちら』の事ではありませんよ。寧ろ松原さんの方かと思いますが?」
「……何を…?」
僅かに、松原が動揺を見せる。
伊東の代わりに藤堂が、席からほんの気持ちだけ身を乗り出し、
「京の、旗本の正妻と松原さんが不倫していると聞きました」
「な…っ!?」
思わず、咄嗟に否定が出来ない松原。
服部はただ黙って少量の酒に口を付ける。
動揺を隠せない松原に対し、この席に彼を呼び付けた三人はこれを意に介してはいないという態度を彼に示していた。
「失礼、私も入隊したてで新選組の事は良く把握していなかったのです。それで『我々の方』でも隊内がどういったものか情報を集めておりましたところ松原さんのこの話しが上がりましたので」
伊東は松原忠司という男を調べ上げていたのだ。
「…新参謀として私を処断するおつもりか…?」
居心地悪そうに松原が問うが、
「いやまさか、その様な事は。ただ相手が旗本の人妻というのは京都守護職預りの新選組にとっても扱いが良くないでしょう」
酒の殻になった朱塗りの盃をくるくると回す様に底の蒔絵を眺める伊東。
「我々なら松原さんを御護り出来るかと思い、此度ここへ呼んだのです」
「それは…!?どう言う…」
脅迫の種にされている、と言うには藤堂と服部の態度はこの時の松原から見ても誠実なものの様には見えただろう。
だがこれは、あくまでも状況が追い詰められていなければ、の話しではあったが。
「松原さんは壬生浪士組の結成以来からの古参だと伺っておりますが、この話しが土方さんの耳に届いては具合も悪いでしょう。ですが…」
「……?」
「もし、この新選組がまた新たに組織を枝分かれする事となったら…新しい場所の方が松原さんにとってもご都合宜しいのではないのかと思い」
この発言、今の松原にさえも衝撃を与えるものである。
「い、伊東殿は新選組を乖離しようとなさるのか!?」
「そんな野暮な」
焦る松原を軽くあしらう素振りの伊東へ妙な気を利かせる藤堂が盃に少量酒を注ぐ。
あくまでも松原の話しを大袈裟に見立てない為の芝居くささは松原本人にも分かった事だが。
「我々伊東道場は基より北辰一刀流。天然理心流の様な粗雑な田舎剣術とは違いますよ。武芸に達者な松原さんならそういったことも分かるものかと思っています」
「つまり今の新選組とは相容れぬ、と?」
「いえ『彼等』の勤王思想には共感もあります。何しろ武州や上州は徳川のお膝元ですから」
武州多摩を故郷とする近藤や土方を表向きは敢えて否定しきらない伊東だが、
天然理心流とは違う、と流派を出汁に自らの道場一派と明確化し分け隔てているのは門下を立てての事なのだろうか。
「ですが山南さん等は既に我々の意を汲んでくれています」
「なんとっ…!?あの山南さんが…」
藤堂は人望の厚い山南敬助の名を出すことで松原の気を引こうとしている。
狼狽する松原にもやはり新選組の「局中法度」というものをよく理解している者の一人ではあった。然しどうあっても京都の旗本の正妻に手を付けたとあっては土方からの裁きを免れず、またこの不穏な伊東一派の誘いを義理堅い松原は受ける事も出来ず、苦悶の表情を募らせていた。
「然し…私は…」
壬生浪士組の頃から討伐の最前線を常に張ってきた四番隊組長の松原である。
「まさか自ら切腹等とは良くないでしょう、隊でも貴方ほど周りの隊士達に慕われている組長方は他にいませんから。それに…それだけの志しがあっては尚の事ですよ?」
「松原さん、長考する時間はありますからよく考えておいて下さい。俺達であれは松原さんを局中法度からきっと守れます」
この松原の失態に漬け込んだ伊東一派の狡妙、それを知りながらに果たして。
いつか迫られる決断に松原忠司が出す答えは、今は誰もが知る由もない。
新選組八番隊組長・藤堂平助が伊東道場に出入りしていたのは試衛館にやって来るより以前からだ。千葉周作を北辰一刀流の開祖とする大千葉もとい玄武館の数いる門弟で十代半ばにし目録を得た頃である。
藤堂が試衛館で自らの出自を語ることは殆ど無かったのだが、
「伊勢津藩の藩主・藤堂高猷の落胤という噂がある」
つまり妾腹だ。
当時、近藤にそう言ったのは今の新選組二番隊組長・永倉新八だった。市内ではまずまず知られた剣客であった永倉は、伝からどうもこの藤堂が幼少の頃を江戸の下屋敷で過ごしたのではないか?という話しを耳にしていた。
「永倉先生、それは真なのか!?」
「諱を宜虎と聞いた」
ふむと近藤が腕を組み頭を捻る。
「虎の字…か…」
「これが本当であれば藤堂高虎の系譜、その末裔ということになるでしょう」
藤堂高猷は織田信長に仕えた丹羽長秀の三男で藤堂高虎の養子となった藤堂高吉を祖に持つ。
この頃、試衛館にやって来た藤堂へ近藤や永倉が関心を持ったのはこの二人の趣向が軍記や兵法といったものに由来していることもあったが、北辰の伊東道場からの「来客」としての物珍しさもある。
何しろ天然理心流、外部からは田舎剣術と蔑まされそのせい近藤などは沖田総司に免許皆伝を与える過程に相当の苦慮をしている。
学びたいという者を当然、それも北辰からとあれば無下にしたりはしない。
試衛館では神道無念流の皆伝は永倉新八、また北辰の皆伝は山南敬助と、これらの内で特に同じ流派だった山南の後を追って藤堂がやって来たものと思われた。
「歳は総司の一つ下、か」
永倉の奔走の甲斐もあり、既に天然理心流では免許皆伝し試衛館の塾頭となっていた沖田である。
「沖田には流石に天性のものがありますが、あの藤堂も大千葉では早くに目録を得ています。勤勉な者ですが、小柄なのが少々惜しいぐらいでしょう」
「体格差は見栄のある道場剣術では評価へ露骨な影響を与えるからな…まあ俺からすれば大千葉もその辺りは剣に不器用だな。うちでならもっと良い扱いをしてやれそうなものだ」
そう言った近藤は試衛館の門下になった藤堂へ、いつしか代稽古を任せるほどになったのは後の事──
しかしこの藤堂へ、弱点となる小柄な体格を補う為の長刀の手解きを示したのは伊東道場の盟主である伊東甲子太郎なのである。
だが同時に伊東は、小柄な藤堂が数百と門弟のいる大千葉にて北辰の伝位を取得するのは至極困難だとも考えていた。これは藤堂を見くびっている訳ではなく、剣の腕の問題でもない。まず所作を大事とする江戸三大剣術において、まして長刀の使い手など邪道とするところだろう。
ここで伊東が考えていた事は、
天然理心流の試衛館へ伊東道場からの来客として藤堂を送る、ということであった。伊東は藤堂が体格に恵まれてさえいれば大千葉にいる今の時点でも北辰の伝位を踏めているはずだと、これは勿論伊東の本心だった。
いつかは自らの伊東道場で藤堂に伝位を授けても良いだろうと、その前段階である。
伊東も山南もお互いに同門の皆伝として名こそ知ってはいたが其々がすれ違うことが江戸では無かった。
この藤堂の剣術への直向きな探求心と他流剣術に交合わせることによって北辰で居続けることよりも更に剣術の伝位へ一歩近付ける、或いは武芸への開闢を何か得ることが出来るだろうという目算が伊東には密かにあったのだ。
──程なく、
「…伊東さんに勧められた天然理心流だが…」
存外、試衛館の居心地は悪くなく藤堂にとっては寧ろ良いぐらいであった。
若くして流派の宗家となった近藤勇は剣術の技術そのものよりも、気組や精神面の闊達を重視した為これは正に藤堂の目指すべにものに合っていたのだ。
そして自らと歳の近い沖田が塾頭を勤める稽古はその気性に似合わぬ荒さがあり、なるほどこれは他所では嫌われそうなやり方だと思える一方で沖田は近藤や土方歳三ら兄弟子達から学んだ「剣術の泥臭さ」というものを意外にも尊重した。
徳川お膝元になっている武州多摩地方とは、徳川が江戸に幕府を開く際に尽力をし御上もこの事は其れ等が農民となった今でも昔の侍達なのだとして、今に継承する農民の気骨へはこと温情があり扱いを「武州」という名前の通りである。沖田本人は言ってみれば中身の本質は都会育ちの江戸っ子だったのだが、近藤や土方や井上らの持つ武州魂や勤王思想に関しては理解や敬いがあり、塾頭となったその後でも彼等に対しての配慮を片時も忘れはしないのである。
普段は飄々とした様を見せる沖田にはそういった『強さ』が剣の腕以外にも持ち合わせており、いつからか藤堂は伊東に山南のことを教えられやって来た試衛館にだが、この歳のさして変わらない沖田総司という剣士に勝ちたいと心から想うようになり彼の内ではこれが念願、その目標なのであった。
──だが、
沖田は藤堂に限らず、親しくなればなるほどに本気で相手に対し撃ち込んでくる、ということが凡そ無くなっていた。
元々、物腰の柔らかい青年なのである。
「松原さんは果たして俺達になびくでしょうか?」
残念ながら伊東は、この藤堂平助という一人の剣士に対する理解が試衛館の者達以上にあり性格またその掌握の術をよく心得ていた。
ははは、と伊東は短く笑い「さて、どうでしょうねぇ?」とまるで興味の無さそうな返し方をする。
「……?」
伊東の意を介せない藤堂だったが、
沖田への対抗心を歯痒く想う藤堂を分かっていた伊東。新組織を形成すべく総長・山南敬助の引き抜きを画策するがこれは北辰の同門として彼の真なるところではあった。だがそれ以上に伊東は副局長・土方歳三が油断のならない者であることも重々承知している。
四番隊組長・松原忠司への勧誘は言わばこの延長線上にあった。
それは土方に組する抗争一派の部分的な解体とまた藤堂の見知る者を取り込むことにより藤堂自身を安心させるという算段だ。伊東は沖田総司が土方側に寄る限り、藤堂は自身の元を離れることはないだろうという強い確信を得ている。
伊東の当初の思惑では新体型は少数精鋭の構想ではあったが、自らの率いた伊東道場の面々だけでは新選組からの後々の離脱は体裁が悪いとも考えていた。
──取り込むべきはやはり、山南敬助なのだ。
知識人としても評価の高い山南は伊東の抱く抗争の瓦解策として間違い無く鍵となる人物であった。
ところが、
「兄上!大変です!」
「…三樹、一体何事ですか?」
伊東の仮住居とする二条の旅籠へ突然やって来た鈴木三樹三郎は伊東甲子太郎の実弟である。
「山南敬助が、新選組を脱走したとの報告を受けました!」
「なんだと!?」
非ぬ凶報に伊東と藤堂へ震撼が疾走る。
ざくざくと地を蹴る様に歩く柄の悪い浪士の一団。
その数、十五人。
これが京都三条から東海道に真っ直ぐ従い江戸までの道のりを足早に急ぐ。
山南の書き置きが発見されてからまだ間もない。今朝方、壬生寺駐屯所の番兵が門を潜り出立する山南へ挨拶をしその背を見送ったが旅支度の装いは無く、前川邸か八木邸かへ用事があり赴くものかと思われたのが午前中。
然るにどうにも帰りの音沙汰がないので正午の頃、平隊士が一人、阿弥陀堂を訪れてみると「新選組を脱退致します」という短い文が机の上で見つかり大慌てでこの話しが幹部及び組長方へ回った。
寝耳に水と山南のこの行動には様々な憶測が流れ「副局長・土方歳三との確執が周囲の想像する以上のものだった」「新参謀・伊東甲子太郎の参入により役職を追われた」等の噂が隊内で飛び交う中、渦中の伊東一派も近藤土方らの思惑とは別離に思案を巡らせるのである。
「三樹、その書き置きは本当に山南さんのものだったのですか?」
「私も確認しましたが、あの達筆な文字は本人に間違いありません」
伊東、藤堂、服部、鈴木が顔を見合わせる。
「二刻半ほど前であれば、素直に街道を進んでもまだ草津には届いていないと思われますが…」
やはり山南を保護したいという考えの藤堂だったが、
「然しあの土方だ。例え我々が山南さんを匿ったとしても、局中法度からは免れまい」
服部の言うこれ、脱走は死罪。
「伊東さんは参謀として迎え入れられてますし、我々北辰の面々で談判すれば…」
「いや、それが…」
鈴木がこの会話の中で気不味そうにする。
何だと伊東が鋭い眼光でこの実弟を威嚇すると、
「既に土方が追手を差し向けており…一番隊組長の沖田総司です」
「なに!?」
伊東と藤堂が驚く、傍らにいる服部はそれがどうかしたのか?と言った様子だ。
もし土方が──
局中法度の通り山南を粛清するのであれば、ここに向かうのは三番隊組長の斎藤一か土方直属の調役・島田魁のどちらかが暗躍するのが内々の体だ。
思案する伊東がその秀麗な顔の眉間に皺を寄せるが、服部には二人が何を悩んでいるのか理解に乏しい。
「沖田総司が何だと言うのか?」
「試衛館の出で山南さんと最も親しいのは沖田さんなんです」
藤堂が服部に説明する。
つまり、此処で伊東一派が出す答えは「土方は山南を粛清する気がない」ということだ。
山南の脱走した真意は現状定かではないが、少なくとも土方にも伊東にも従う気はないからこその置き手紙であろうという推測がなされる。そしてこの状況で、
右腕を負傷し剣の振れぬ山南に差し向ける追手は粛清する目的がある場合、有り体にどの隊士で行っても完遂出来そうなものだが、敢えて親しい沖田総司を出動させるとなれば土方の思惑はやはり一つ。
「土方は山南さんを逃がす気ですね」
「それならば、やはり俺達が山南さんを保護しましょう」
いやと伊東が頭を振る。
「山南さんを引き戻しては局中法度を適用せざるを得ないでしょう。ですが山南さんの処刑となれば他の幹部達からの反発も受ける、土方はそれを恐れているのです。だから逃がす」
「であれば、そのまま放置しても宜しいのでは?」
鈴木は安直な考えを示すが、
「土方は『わざわざ沖田総司を』出したのです、逃がすにしろ何にしろ二人は接触することになるはず。そうなると沖田の手土産に山南さんは私達の策を暴露するでしょう」
すると「ははは」と服部が一人愉快そうに笑い出す。
「伊東先生、ならば良いではありませんか。沖田を京の外で斬って山南さんを連れ戻しましょう!某が沖田を殺ります。新選組最強の座は某が拝借致す!」
「待って下さい服部さん、沖田さんを侮ってはいけない」
藤堂に諌められ不愉快そうに目を細める服部。
「藤堂君、某が負けるとでも?」
「そうは言いませんが、いずれ彼と決着を付けるのは俺です」
「二人とも、やめなさい」
辟易する伊東が静かに場を制する。
「沖田が山南さんを追う以上、私達の内では誰もがこれを付け回す訳にはいきません。顔が割れていますから」
この慎重な主に不服か、むむと服部がつまらなそうにする。
──平助君は御し易いですが、沖田の事となると少々熱くなり過ぎる。
やれやれと伊東が血の気の多い門弟の扱いに苦労する様子で、
「私の道場の誰かが簡単に沖田を斬っては新組織への準備が整う前に土方を囲う傀儡共と衝突してしまいますよ」
「なら伊東先生、どうすると言うのです?」
「残念ですが、先回りして山南さんを斬ります」
「なっ…!?」
この内で藤堂だけがこの案には賛同出来かねなかったが、
やはり他の三人にとって山南敬助という人間は赤の他人なのだ。
「既に沖田さんが追っているというのに、先回りできますか!?」
存外、これには必死に伊東へ食いかかる藤堂だが、
「出来ましょう。土方は山南さんを連れ戻す気がないようですが、局中法度を蔑ろにしては都合も悪い。そうなると恐らく沖田が接触するにしても京から離れた辺り、凡そ駿河が近くなってからだと私は予想してます」
「し、しかし俺達が沖田さんを追い抜いてからというのは…」
「追手は私達ではありません。こういう事に丁度使える『駒』の用意があります」
「……駒……?」
──そうして招集された不逞浪士、十五の一団。
八月十八日の政変から国元に帰藩出来ず、然し再び大規模攘夷の機会があると踏んで京都に潜伏する長州と土佐のならず者達だ。
新選組に加盟した伊東一派が上洛すると、まず彼らは不逞浪士の取り締まりを行う体でこれらに目星し市内を泳がせておいた。その殆どが情勢故に窮困しまた新選組へ怨念を募らせていたものであるが、勤王思想という部分的な側面を見れば彼らへの不殺がまかり通った。
伊東はその水面下でまことしやかに薩摩と接触し土佐者を介して長州浪士を数人抱き込んでいたのだ。
彼らを煽るのは容易く「新選組総長の山南敬助を討てる」とほのめかし、その首を持ち帰ればそれぞれが一ヶ月凌げるだけの金一封をも付けると、そう言えば威勢良く意気込んでこの群れが三条を出たのである。
ただしこの追手に沖田総司があることは告げずにではあったのだが。
ようやく藩へ帰れる。
米倉弘二は当時、長州からの維新志士を気取り久坂玄瑞らに混ざり込んで上洛をした六方者浪士の一人だ。
京都で同心を一人夜に背後から斬り捨て、たったこれしきのことだけで随分と長らくそれを鼻に掛け手下に偉ぶっていた。
それ以降では大した攘夷運動も起こせず、彦坂・鶴岡という二人の小心者を従え、近くの農民から略奪を繰り返し生計を立て京都での潜伏を続けていた、言わば小悪党である。長州が再起を賭けるかのよう禁門の変を起こした際には再び藩へ寡勢、家老方・益田親施の隊に組み込まれ、当日には京都南方の勧進橋へ配属をされた。
この時、勧進橋の向かい側にいたのが山本覚馬率いる黒谷本陣の一軍と新選組である。
つい先月、新選組は池田家襲撃によりその名を馳せ始め勢い付いていたが、米倉は未だ彼らを田舎者の烏合の衆としてしか見ていなかった。この新選組がたった一砲門だけであるが山本から借り出した大砲を持ち込んでいた事にその時は気が付かなかった。
大砲を指揮していたのが実は八番隊組長・藤堂平助で、藤堂は兼ねてより副局長・土方歳三と揃って山本覚馬の元へ砲術の指南に預かっていた。土方はこの頃、西洋軍式の習得と局中法度の形を煮詰める傍ら砲術や銃撃戦をも学ぼうとはしていたのだが事実手一杯であり、代わって藤堂と言えば新しい知識を吸収する才能に長けていた為、新選組初の砲術家として土方が白羽の矢を立てたのであった。
藤堂は物事の先陣を切る能力、またその育ちの良さから文化や知的財産を理解する柔軟な発想が特に顕著で、この辺りの事を評して土方は藤堂を『寿先生』と茶化すようにおだてることがあった。止めてくれと本人はそれを嫌がっていたのではあるが。
先に上洛していた長州藩家老方筆頭の福原元僴の大隊が京都御所に進行を始め松門四天王・入江九一の隊がこれに続くと、勧進橋の向かい側では益田隊が動きを始めようとする。
隊の挙動に反応し藤堂の指揮の元、第一砲撃が行われると物の見事に米倉ら六方者浪士の一団はその威力に恐れを為し散り散りとなった。長州藩の正規兵が橋に組み付き白兵戦に持ち込むと勧進橋を損傷するわけにもいかず砲撃こそ止んだが、この激戦に米倉が戻ることはなかった。
この京都南方の防衛は迅速に行われた故にか当時にはあまり新選組の活躍を取り沙汰されなかったが、後世にはこの勧進橋に刀傷が残る等しており軍勢が一戦交えた事が伺い知れる。
斯くして、禁門の変では長州が朝敵となり大敗し街を焼くと、福原を護る様に退く一軍だったが、ここへ米倉は入り込むことが出来ず情けなく京都へ取り残されることとなった。
新選組への逆恨みが募る年の瀬、いつもの通り立場の弱そうな農民や町人を見つけて無心を働こうとするも、突如現れた新選組新参謀・伊東甲子太郎の一個隊によりその身柄を捕縛される。
が、何故か伊東は米倉を裁かず長州人には勤王の志しは持ち合わせているとし解放。そして大事を起こさなければと不殺を約束した。
その伊東から今回、新選組を脱走した総長・山南敬助を京都の外で斬るようまさかの依頼を受けたのである。
「山南敬助はどうやら刀を振れないらしい」
「本当ですかい米倉さん!?」
「しかもこの首に金一封付けると、こんなに美味い話しは今後ないだろうよ。ようやく俺達の攘夷が叶う」
遂に運気が巡って来た。米倉は自らの日頃の悪行と屈折した根性を正当化し自画自賛した。
「新選組のそれも総長を討てるとなれば、藩へ帰るのにも箔が付きますぜ!」
「ああ、やろう彦坂、鶴岡。なあに他のやる気がある連中に着いて回るだけだ。全部周りがやってくれるさ。それで手柄も金も山分けってわけだ」
都合のよい解釈をする三人であったが、この十五人の六方者浪士一団を仕切る原和紀は藩では地方の庄屋で地主でもあった。米倉はこの原を桂小五郎や高杉晋作と同格だとおだて囃し立てると自分達の頭目へと仕立て上げ、共に上洛を促しその出資者としたのだ。
だが禁門の変以降、長州の攘夷運動の要であった久坂玄瑞は討たれ京都での長州土佐共に情勢は非常に悪い。下民への略奪に熱心な彦坂と盗品の転売屋であった鶴岡を使い、米倉はこの山南の一件が終われば長州へ引き揚げると同時に目障りな原を始末してしまおうと考えている。
精々、不幸中の幸いだったのが帰藩した長州軍は五カ国連盟の報復を受けて二度目の下関戦争の勃発に多くが徴兵に駆り出されたが、京都に残された米倉達はこれに免れた事ぐらいか。
──この一団が、
「見えた、あれが山南敬助か」
意外にも京都から間近にその背を捕まえる。
東海道五十三次の京都三条大橋、この次の宿舎である大津宿に差し掛かった頃。
羅紗織の西洋風羽織りに厚手の襟巻きと、防寒した形の良い装いの侍が米倉らの前を行く。
藤堂伝に伊東から聞いた通りの風貌で山南は冬になり外出する時にはこの恰好を好んだ。小さな風呂敷包みを背負い込み、必要最低限の物だけを持って京都を出た様子である。
「ここで殺るのは不味い、宿舎街から街道に出た頃に狙おう」
未だ外は明るかったがそろそろ夕刻に入ろうとする時間。
大津から草津までは凡そ三里半、今から此処を出ると大人の足でも夜の街道を歩く事になり夕餉を既に過ぎるが、山南は大津に足を留める気は無いようだった。
これは寧ろ米倉達には好機である。
そして山南、歩みはそこまで早くなく日が落ち人目を避ければ殺めるに十分な距離にまで一団は詰め寄っていた。
これはいい、原も殺る気だ。
大津を出て強歩で距離を詰める、着実に旅人の数は少なくなっていた。
頃合いが近い──、山南は、
「あっ!?」
一同の誰かが思わず、短いが声を上げた。
山南が突然走り出したのだ!
「馬鹿!」
「いや然し、追うぞ!」
声を出したのが決定的、という訳ではなかったようだが恐らく少し前から一団の気配に勘付いていたのかもしれない。
走り出した山南が街道から逸れ、林の中に入って逝く。
だが然るに、
「いや良いぞ、街道から離れれば仕留め易い!」
「お前ら、とっとと追えっ!」
原が大頭目を気取り威勢良く指示を出す。
けっ、と米倉は腹の底では逆心を抱いていたがとにかく林へ走った。
山南、走れば意外にも早い。
が以前その背は見えている。群生する櫟林を少し疾走ると、暫くしてこれが竹林に替わりまるで開けた様に、周囲が薄暮時でゆらり紺色に染まった。
真っ先に、その背へ追い着いたのは彦坂。
「山南敬助!お前はもう終わりなんだよ!」
刀を抜き背後から斬り付ける!
──散っ!
鮮血飛び、無惨に身体が崩れ落ちた。
「なにっ!?」
然しこれ、斬られたのは山南へ飛び掛かった彦坂の方だ。
首半分、斬り返しを受けた刀の物打ちが見事に頸動脈へ入ったのか、立て膝を付いたが酸欠で悶絶し突伏した。
山南は刀を振れぬはずでは!?米倉は一瞬躊躇ったが、
否、よく見れば左片手の一刀である。負傷していると伊東から聞いていたのは利き腕の方だ。
侮るなかれ、腐っても北辰一刀流の免許皆伝ということか。
「一人で出るな!総掛かりで殺れ!」
米倉が声を張る。一番のお気に入りの手下であった彦坂をやられたのは屈辱であった。
彦坂は強い者には諂い、弱い者にはとことん暴虐的な、分かりやすく人格の歪んだ者であった。米倉は汚い仕事を自分自身の手で行うことを存外嫌ったが、彦坂は自ら歓んでこれを行った。恐喝恫喝、仲間への誹謗中傷讒言、闇討ち、毒盛り、その悪行は数えればきりが無い。
だが彦坂は米倉が真にやりたい事をよく理解してもいた。米倉がこの原が仕切る六方者浪士の一団で次いで二番手の筆頭格に居続けられる理由は正に彦坂の支えあっての事だった。
その彦坂がやられては咄嗟に正確な分析は出来なかったであろう、あの反撃は「たまたま」だ。と、山南敬助を何としても仕留めろという意識の方がより一層高まったのだ。
顎でしゃくる仕草をする米倉が前衛を煽る。
しかし鶴岡は、それでも前へは出ない。そういう者だ。
変わって他の六方者達は俄然やる気である。彦坂は仲間内でも忌嫌われていた為、これは尚更であった。仇を取ろうなどという殊勝な精神論ではない、米倉以外では彼を仲間として見ていなかったからである。
口を開けば他人の悪口ばかりを言っているような男だ。ざまあみろと、寧ろ報酬の取り分が増えた事を内心ほくそ笑んでいる者が殆どだろう。
「しゃらくせえ!」
「おいっ!待てっ」
続け様に山南へ飛び掛かる六方者の一人、米倉の制止を聞かない。
抜刀し鞘を投げ捨てるとながらに片手持ちから袈裟斬りを仕掛ける。
「っ!?」
かつんっ!と然しこの刃が竹に引っ掛かり振り切れない。
すかさず山南、一歩素早く踏み込み相手の芯を捕らえる鋭い片手平突きを見舞う。
堂に入った型の良い見事な刺突がざくりと、六方者の身体を射貫く。
「おいっ、お前ら!一度まとまれ!」
以前、米倉が皆を仕切ろうと扮するが、
この刀身の抜き様を隙と見て、今度は横から山南へ仕掛けるもう一人。
獲ったと、そう思ったはずだ。
「あっ」
次の瞬間、間抜けな声を出す。
足元を根掛かりするのは群生する竹林のものであった。前のめりに体勢を崩しもたつくと、肩に竹が引っ掛かり転倒を免れた、が、
断っ!──
六方者のよろけるその背を取った山南がここに一太刀を浴びせる。
これで既に三人。
時は既に月明かりが辺りを照らし、ざわざわと竹の葉が夜風に揺れる。茂みは不気味な闇に染まり、遠く梟が鳴く声が響く。
「誘い込まれたのか、竹林に…」
流石に違和感に気付いた米倉。
利き腕が使えぬと山南、この竹林まで連中を招いたのだ。
然し、だとしても妙だった。
伊東は山南に追手があるようなことは仄めかさなかった。それは自分達の一団に手柄を立てさせようとしたからだ、と解釈していたのだが。もし山南がこれを警戒していたとして、この場所へ新選組を誘導し斬り合うつもりだったのだろうか。
可能なのか?利き腕の負傷している山南にその様なことが。
『そもそも、この時刻で大津から草津の街道を目指したのは追手から逃れる為か?』
一人奇妙な猜疑に困惑しながら、だが米倉、今は仲間の六方者達を制御する術が無い。
そのはず、此等には目の前にぶら下がっている千載一遇のこの「餌」にあり着こうと誰もが今、必死なのだ。
相手は新選組総長且つ北辰一刀流の免許皆伝・山南敬助である。誰もがこれを斬る第一人者に各々成りたがっていた。特に一団で抱える土佐脱藩者等は元々は米倉の管轄外のせい余計に言う事を聞かない。
これを討ち藩に帰れば間違い無く一躍有名である。基は農民であったそれらが剣術修行も半端に、時勢の波に乗って大義を掲げている振りを装いながら京都で下民相手に無心と乱暴を繰り返し行って来た。
だがこの山南敬助は今は右腕が使えないのである。それを知らない藩元の旧知の者達に自らが行ってきた悪行と醜態の全てを正当化し、尚且つ英雄視までさせることが出来るだろう。
「山南敬助を討つ」
この一団には今はただ、それだけである。
結局、この六方者浪士一団の様な連中というのは昨今の動乱期においてはよくある集団の一つであった。
生活に困窮し鬱積した社会への不満から日本を変えようと志す維新志士達に肖り、便乗し『労働すること以外』で稼ぎを得ようとする。
その方法は正当化した犯罪行為や人斬りという、道徳からは凡そ外れた道に他ならない。
「囲え!」
流石に一人に三人やられては、と米倉。
手柄など後からどうにでもなる。これまでも自分が立てた成果は「俺がやった」他の誰かが立てた成果は「皆でやった」だ。
皆でやった成果は追って「あの時、彼奴は大して活躍していなかった」とその内で最も発言力のある者を讒言で蹴落とす。このやり方は三百年後の日本でも絶対に上手くいくと米倉は信じている。
事、相手が誠実であればあるほどに。特に土佐等は藩の格差に辟易している故に表向きの平等に関しては過敏な者が多く、義心を天秤に賭けた物の言い方には賛同を促させ易い。
この辺りの姑息さは米倉の得意とするところで彦坂のような歪んだ弱者を取り込む術をよく心得ていた。
今此処を凌げば集団の内で自身が最大の利益を得ることが出来るという確証を持っている。
誰でもいい、早く殺れ!
然るに、米倉の違和感はこの山南に仕掛ける毎に明瞭になってくるのである。
──突ッ!
またしても仲間の六方者が一人、深い刺突でその胸を抉られていた。
間合いを詰めるにしてもこの竹林、手入れなどましてあろう筈が無く、秋口に落ちた竹の枯れ葉に足元の土壌がよく見えず脚捌きを奪われる。
そしてよく見れば山南、その手に構えるのは刀身の幾分短い小太刀であった。腰に帯びる差料は侍の格に関わる物だが、立ち回る地形で用いる武器を選択出来るのというのは道中差しを強奪により漸く一刀所持しているだけの米倉達とは剣を交える心構えからして雲泥であった。
通常の太刀ではこの竹林の中においては、刀身が邪魔になり不得手だ。それどころか連中の内では刀を所持出来ず粗削りの木槍を担ぐ者等おり、取り回しは至難であろう。
「この野郎っ!」
正道の面打ち、だが、
ひゅっと、空を切り山南を捕らえることが出来ない。その筈、彼らの内の誰もがまともな剣術など体得していよう訳がないのであった。
この振り切った起り籠手をたんっと上から切り離すと、更に斬り上げる二の太刀で胸腹をかっ裂く。
「ぎゃっ」
短い悲鳴を上げ倒れる。
即死に至らない寸での致命傷を目の当たりにし、他の六方者達が恐れ慄く。
「ひ、ひいぃっ」
「おいっ!相手は一人だぞ!?」
ややともしてか、声を荒げたのは頭目の原。
手下がいなければ只の地方の地主だ。この伊東からの依頼をしくじりまいと必死になる。然し米倉、内心は味方の数が減った方が取り分が増えると思ってか此処まで、卑しい邪推も過ぎり正しく状況を見極めれないでいたのだ。
確かに、聞けば北辰は小太刀も堪能なはずだ。小千葉の方にはなるが剣術小町と謳われた千葉定吉の娘・千葉佐那は美人の剣士で、小太刀で免許皆伝を得たという話しは有名である。が、
──これは本当に山南敬助なのか?
然し、米倉のこの判断を狂わせる様に、
「あれ?もう始まってるの?」
六方者浪士一団の後ろから現れたるは新選組一番隊組長の沖田総司である。
夜天に伸びる竹の隙間から淡く射す月光の下、薄浅葱の派手なダンダラ羽織りがちらと光り映える。
「お、沖田…総司…」
米倉達の手が止まった。
『痩せた狼』と恐れられた三番隊組長・斎藤一と並び、新選組でこれと出会ってはまず生還出来ぬであろう事で有名な二人だ。
小悪党共の目が泳ぐ。
集団戦法の対策でこの竹林に誘い込まれたのだ。その上、農民に乱暴を働いて来たとはいえ米倉達はまともな斬り合いや合戦等においては素人同然であり、まして剣術に関しては維新志士や幕忠義士達などには遠く及ばない。
挙げ句、この沖田に介入されては分が悪いにも程がある。
ところが米倉、
「し、新選組一番隊組長の沖田総司さんですね!」
「…む、如何にもそうだが、君達は?」
沖田、声をかけられたのには意外であった。
「私達は参謀の伊東甲子太郎さんから脱走した山南敬助の討伐依頼を受けまして参上致しました!」
「…ほう、伊東さんに…ね」
懸命に取り繕う米倉に原が気に食わなさそうにするが、ここは無視を決め込む。
「そうです!だから、その…私達はそう!仲間!仲間なんです!」
「仲間?」
「貴方の仲間です、私達は!同じ様に山南敬助を追って此処まで来た!」
ここまで見事に『あざとい』となると流石に清々しいぐらいではあったが、
やれと沖田が辟易とした表情を見せる。
「同じ、ではありませんよ」
「は?…えっと…」
「僕は『山南さん』を保護しにここへやって来たのですから」
「…へ?…あ…」
この六方者浪士の一団が動揺しまごつく。
竹藪の月明かり射す影にざわりと映る沖田のその表情が、粛清する者の目つきに変わる。
「利き腕が使えないと知って、敬助兄さんを見下していたんだなお前達は」
「っ!?」
「お前達如きがあの人を侮辱するな」
言うが早く、沖田が──
この最後尾に居たのが鶴岡。頭目の原よりも更に隊から下り臆病であったこの者が一刺しにされると、続け様に駆け出し側にいた木槍を抱える野武士風の山男をも斬り倒す。
「…う…わぁぁ…」
悲鳴にもならない小さな叫び声を出す者が一人、この沖田の動きの俊敏さに怖じ気づき思わず尻餅を付く。
素早く、
今度は山南がこれに組み付き背後から斬んっと深い袈裟斬りを浴びせる。
と、この一振りは右手に持つもう一刀の小太刀のものであった。
「さて『山南さん』殺りますよ」
「…まあ、俺はどっちでもいいんですけど。それより沖田さん、遺体の扱いには気をつけて下さいね」
「はいはい、合点」
僅かに戯けて魅せたかと思いきや沖田が、
即座に竹藪を疾走る!
舞う竹の枯れ葉が落ちる前に、一人の側面に回り込み、踏み込みつつ瞬きの刺突を繰り出す。
ざくりと、
貫いた胴をながらに蹴り抜き、尚も竹の根がうねる土壌を叩く様に駆け上がる。
「ま、待てっ…」
喚く間もなく、沖田は器用に群生する竹を退きもう一人、この正面へ出ると──
散っ!散っ!散っ!
小手、脛、胴と小気味よく連続で切り落としていく。
「…ちょっと、沖田さん!?」
この動きに何故か慌てる山南。
「顔さえ潰れていなければ平気でしょう?まあ
此奴らの卑屈さに、ちょっと頭に来てしまいましたが…」
沖田総司の強さというのは、
天性の剣の才能によく云われのある所ではあったのだが、これを支えているのが実は足腰の強さにあった。
六方者達が手こずっていたこの竹林に物怖じもしない。
元々がそうだったという訳ではなく、これは沖田が天然理心流の試衛館の門下となった頃に、兄弟子である近藤や土方らから学んだことだった。
もしも沖田が江戸の三大剣術を学んでいたとして、恐らく免許皆伝が早期に取得出来ていることは変わらなかっただろう。だが実際に、道場剣術とは別の実戦的な死合いだった場合、王道で小綺麗な流派を学んだ沖田が存在したのだとしたら、もしかしたらこうはならなかったのかもしれない。
近藤や土方ら武州多摩の者は足腰が強靭である必要があった。農村部や山々は必ずしも整地されてはいないからだ。土方などは実家の薬売りの為によくあちらこちらを歩いた。沖田自身、近藤からは出稽古への遠征や農村同士の争い他水場の取り合いから駆り出され、土方に至ってはごく個人的な喧嘩の助人、大抵女絡みだがこれに沖田は徴用される事があり、その時彼らはとにかく有事に長距離を渡り歩く。
歩き負ける方が争いや喧嘩にも負ける。沖田は彼らのこの不屈の足腰を見習い、自身もよく歩を踏める者に成れるよう鍛錬した。
今の沖田の強さというのは意外にも、そういう土臭いものが基盤になっている。
六方者浪士を十人斬り、残り五人。
米倉と原はお互いに離れた場所から顔を見合わせる「打つ手が無い」米倉の表情が物語っていた。
──原は、
「動くな、新選組っ!手を挙げろ!」
懐から一丁の回転式弾倉を抜き出し、その銃口を沖田へ向ける。
長州の名だたる志士達に肩を並べているつもりでいるこの小悪党の頭目には、もう現実など見えてはいなかった。
「…おや、そんな物まで持っていたとは」
言う割に、鬼気迫っていたのは沖田の方ではなく原の方であった。
馬鹿にしやがって、頭の中にあるのはその小さな虚栄心だけだ。だが原は直ぐに撃鉄を引こうとはしない。
とっとと撃て!米倉は腹の底で叫んでいたのだが、原が沖田へ銃口を向けたまでは只の脅しに過ぎなかった。
命乞いをしろだの泣き叫べだのと、原が躊躇うのはそんな表面上の見栄よりも最も些細でどうでもない理由である。それは、
短銃の鉛の弾丸よりも、回転式弾倉の弾は余程高価な物だからだ。
ありゃ、ケチなだけだ。多分、撃たない。
見抜いていた沖田であったが、さてどうするか?僅かに思案していると、
──発破っ!
「っ!?」
夜の竹林に木霊する銃声。
思わず萎縮する米倉が音のした方向を探る。撃ったのは原ではなかった。これがよもや、
「…え?…村上君、なんで回転式弾倉を持っているの!?」
「いやあ、江戸で伊賀七さんという方から頂きまして…」
崩れ落ちる原に愕然とする米倉。
山南の撃ったこの回転式弾倉、見て呉れが何処となく粗雑だが実はからくり師・飯塚伊賀七の強化を施されたお手製拳銃だ。銃砲施条が特に洗練されており射撃精度・反動・弾速が従来品より更に機能向上をしている。
「さて、残りは後三人ですか?」
流石に山南、二発目は節約したい。
袂から腰に銃を納めると得意の小太刀二刀を再び抜き出し、残る六方者浪士を眺める。
「この中から一人見繕わなきゃならないんですよね…」
「でも周りを仕切ってたあの猪みたいな奴は小汚くて全く駄目だな」
「見逃すんですか?」
「まさか、此奴らはどうあったって他人に危害しか加えないのさ。敬助兄さんを出汁にしようとしたんだ。一人も逃さないよ」
今宵の沖田総司はまた一段と機嫌が悪そうであった。




