新婚さんは毎日(イチャつくのに)忙しい☆
「【コミカライズ】大好きです、旦那様。野良王女は離縁を受け入れて出て行きます」収録
不幸令嬢でしたが、ハッピーエンドを迎えました アンソロジーコミック(5)発売記念SSです♡
本編と外伝「カリン前女官長の憂鬱」をお読みになってからでないと意味わからないと思いますw
よろしくお願いしますー♪
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つ、と毛先を櫛を撫でつけて、カリンは満足そうにうなずいた。
「いかがでしょうか、奥様」
促されて、閉じていた目を開けたローラは感嘆の声を上げた。
窓の外は茜色に染まっている。
ローラは、夫となったリオンが騎士団から帰ってくる時刻に合わせて、昼のドレスから着替えて身形を整えるようになった。
日々の食事やお茶は正式なコース料理というほどではないが、体力が続かないと引退を考えているという噂のあった王宮料理人を引き抜いて、好きに作って貰っている。お陰で品数こそ少ないが、一品一品が非常にこだわった作りになっていて、このまま宮廷晩餐会に出しても何の遜色もない。
毎回の食事でローラが今も受けている礼儀作法の授業のおさらいを兼ねることができて一石二鳥である。
ローラ自身は未だに緊張して何を食べているのか分からなくなるのだが、それに関しては目の前で共に食事をしているリオンが熱い瞳でローラを見ている限り、たぶん一生そのままのような気がしなくもない。
そうしてカリンから、「着ている物で、動きというものは変わります。晩餐の席だけでも、ドレスを着用するべきです」と言われるままにローラが受け入れた形だ。
毎日新品の(!)ドレスを着るようになって分かったが、柔らかなシフォンを重ねたドレスと、どっしりとした練り絹のドレスでは重さも違うし、布が肌の上を滑る感触すら違う。歩く時の歩幅も変えなくてはいけない。
「古着しか着たことがなかったから。絹がこれほど肌を滑ると思わなかったわ」
疲れたように呟いたローラの声に、カリンは悟られないように自身の涙をぬぐった。
午前中は女家庭教師を招いての基礎学習とマナーについて受講し、午後はカリンから家政を教わる毎日はなかなかに忙しい。ローラの長い髪は崩れないようにきっちりと纏められていたし、女家庭教師が着てきた装飾のすくないワンピースやツーピースの機能性に感銘を受けたローラはすぐにそれらを取り入れた。
しかしそれでは物足りなかったカリン(ついでに言えばリオン)は、ローラをもっと着飾らせたかった。もっと愛らしい彼女が見たかっただけなのだ。これだけは、ローラにだけは絶対に内緒である。
「まぁ! とっても素敵だわ。女官ちょ……コホン。カリンは、本当に器用ね」
「ありがとうございます。……ずっと、あなた様の髪を、こうして結って差し上げたいと思っておりました。今は念願叶って毎日こうしてお世話ができて、大変嬉しく思いますよ」
ローラは鏡の中に移り込む自身の姿に感動していた。
両サイドから後方に向かって複雑に編み込まれた髪に、愛しいリオンから贈られた美しい髪飾りが留められている。
リオンとローラの瞳の色の石が並んだその髪飾りはローラのお気に入りだった。
見ていると、なんとなく気恥ずかしくなるが、誇らしくもなる。
右に左にと、せわしく顔を動かしながら視界の端で輝く髪飾りを気にするローラに、カリンは苦笑しながらちいさな手鏡を差し出した。
「どうぞ。お好きなだけお確かめください。奥様に、すばらしくお似合いですよ」
「あ、ありがとう」
差し出された銀の手鏡は、王妃様からの贈り物だ。
背面には、ローラの母の名前とローラ自身の名前をデザイン化したものが彫りこまれていた。
渡された手鏡に刻まれたその刻印を、ローラは指で辿った。
目の前にある鏡台は姉姫たちからの贈り物。ベッドの上に並べられているクッションは妹姫たちによる力作の刺繍が施された贈り物だ。
窓の外にある錬鉄製のテーブルセットは兄王子たちから。
そうしてなにより、王都の中でも閑静な場所に建つこの邸は、父王からの贈り物だった。
たまに、全部が夢で、目を覚ましたらまたあの暗い部屋にひとり、薄い掛布団に包まっている自分がいるのではないかと不安になることがある。今も、そうだった。
だからつい指で何度も撫で触って、目で見て確かめたくなるのだ。
「ずっとひとりだと思っていたのに。私にはたくさんの異母兄姉妹たちがいたのねって。いまだに感慨深くて」
部屋の埋め尽くす贈り物の数々を目で追いながら呟くローラに、カリンは目を伏せ畏まった。
「幼い姫様にお辛い思いをさせてしまったことへ、深くお詫びを」
「あぁごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ。ただ、その……一人だった期間が長かったから。いまだに今のこの状態が不思議な気がしてしまうだけなの」
そうだ。あの日、長年の誤解が解けて、皆と和解して、リオンと婚約から一年後に結婚式を挙げ、正式な夫婦になってもう一年になる。
つまりもう二年も幸せに暮らしているというのに。
それなのに、ローラはいまだにこんな風に不安になる。
「もしかしたら、今だからかもしれないけれどね」
そっと視線を下へと向けた。
口角までもが、自然と下を向く。
こんな自分で、本当にいいのか。ローラは不安で仕方がなかった。
「それは困りましたね。では俺は、愛しい妻の寂しい記憶を塗り替えるよう、今以上に励まねばなりませんね」
騎士団からいつの間に帰ってきたのか。
夫リオンの腕に突然抱えられて、ローラは驚き抱き着いた。
「リオン! まぁ、今日はお早いのですね」
「ただいま。愛しい妻の顔を見たくて。仕事は部下に任せてきました」
ちゅっと額にくちづけをうけて、ローラは顔が熱くなった。
「まぁ。悪い上司ですね」
「仕方がないじゃないですか。俺は新婚なんですよ。あなたから離れていたくない」
照れ隠しに、すこしだけ意地悪を言ってみたら、更に甘い言葉を返されて言葉に詰まる。
しかも、ローラを見つめるリオンの瞳は甘く、そこに籠る熱で蕩けるようだ。
「リオン、カリンが見ています」
慌てて胸を両の手で押す。しかし、細く見えようともリオンはその腕を買われて騎士団長に選ばれた男だ。ローラの細い腕ではびくともしなかった。
「かわいい」
愛しそうにつぶやくと、そのままあっさりとローラを抱き上げてしまった。
「きゃっ」
「カリンなら、もう部屋から出て行っていませんよ。さすが元女官長なだけはありますね。俺が部屋に入った時に、入れ替わりで出て行きました」
「え、あっ」
部屋の中を廻し見ても、すでにカリンの影も形もなかった。
「俺といるのに、他の誰かに気を取られているのは面白くないですね。ううん、我ながら、妻のことになると心が狭くなる」
ブツブツとリオンが呟いた言葉は、カリンがあっという間に姿を消してしまったことに気を取られて聞こえていなかった。
「あのっ。あの、下ろしてください。リオン」
「いやです」
ローラの求めに、リオンはにっこりと笑って却下した。
「でも、料理長が、おいしい料理を作ってくれているはずですし。その」
「早めに帰ってきたので、まだ夕食の時間まではあるでしょう」
「でもあの」
「愛する妻からそんなに嫌がれるとは。寂しいです。傷つきます」
「い、嫌じゃないです!」
「なら、このままでいいですね」
「嫌じゃないですけど……でも、恥ずかしいです」
「では、慣れるまでこうしていましょう。夕食も、俺が食べさせてあげますね」
浮かれた声で宣言されて、ローラは慌てて否定の声をあげた。
「そんな! 駄目です。毎回の食事はマナーの授業の復習も兼ねてますし。カリンだってドレスでの所作を私が覚えるように、と毎回着替えさせてくれているのです。髪型だって、お化粧だって毎回工夫を凝らしてくれていて」
忙しいカリンがローラのためを考えてしてくれた仕事を無駄にすることはできない。
その思いを伝えたかっただけなのに。言葉を続けていくほどに、しょぼん、と目に見えるほどリオンが萎れていく。
「そのドレスアップは、俺のためじゃなかったんですね」
「り、リオン?」
「俺の勘違いだったなんて。はずかしい」
慌てるローラをしっかりと腕に抱えたまま、リオンは顔を背けた。その肩が、震えている。
「か、勘違いなんかじゃないです! いつも一つはリオンの色のものを取り入れて貰ってますし、今日のは特にお気に入りで、リオンと私の瞳の色の石が並んでいるところがとても」
「とても?」
勢い込んで説明して、そんなローラの顔を、先ほどまでの萎れた様子が嘘のような笑顔のリオンが見つめていた。
「とて、も、すき……もうっ。リオンの馬鹿っ」
「俺はローラを愛してますよ。とても、ね」
その日の夕食は、結局リオンの手ずから食べさせられて、ローラは何をどう食べたのか全く覚えていない。
いつもなら、発売記念SSは本編ラストに付け加えるだけなのですが
今回、間にカリンさんのお話が入って、カリンさんが出てくる新婚生活になってしまったので
別に置いておくことにしました(`・ω・´)ゞ
最後までお付き合いありがとうございましたー!




