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EP7 決意〈月影を裂いて、彼女は往く〉

挿絵(By みてみん)

塔の夜は静かだった。

火の灯りは落とされ、回廊の影が長く伸びていた。


ミリアリアは窓辺に立っていた。

赤い礼服の裾が風に揺れ、髪が肩に落ちる。


空には、満ちかけの月。

砂漠の夜を照らす、冷たい銀の光。


誰かのために立つことを、否定したいわけじゃない。

でも、誰かの“ため”が、私を縛るなら――それは、私の火じゃない。


月は何も言わない。

ただ、照らしていた。

この国の砂も、塔の影も、私の影も。


爺やは言った。

「逃げれば、火は応えぬ」

でも、応える火を、私はまだ見つけていない。


それなら、逃げるんじゃない。

探しに行くんだ。

私の火を。

私の責務を。


ミリアリアは窓から目を離した。

その瞳は、黄金色に輝いていた。


―――

塔の影が、砂の上に長く伸びていた。

夜の風は冷たく、月は静かに空を満たしていた。


ミリアリアは誰にも告げず、誰にも見られず。 厩舎へ

ただ、爺やだけが灯りを持って待っていた。


静火しずかです。昔、王妃様が乗っておられた血統です」

爺やは馬の首を撫でながら言った。

「この子は、塔の外を知っています。」


ミリアリアは黙って馬の目を見た。

その瞳は、ミリアリアに語りかけていた。


「逃げるのではありません」

爺やは鞍に水袋を括りながら、静かに言った。

「選びに行くのです。あなたの道を。あなたの責務を」


ミリアリアは頷いた。

「誰かのために立つなら、私が選んだ“誰か”でなければならない」

「それが、私の責務になる」


馬に乗ると、外套が風に揺れた。

塔を振り返らず、ミリアリアは砂漠の夜へと歩み出した。


爺やはその背を見送りながら、ただ一言、胸の中で呟いた。


「火の神よ、応えてやってくれ。あの子の選んだ夜に」


――――――


砂漠を越え、森を抜け、ミリアリアは一年を旅に費やした。

名を伏せ、式を使わず、ただ人々の声に耳を傾け、手を差し伸べた。


盗賊に襲われた村では、火を使わずに夜を守った。

水が枯れた集落では、式に頼らず水脈を探し当てた。

誰かのために立つこと――それを、自分で選び続けた一年だった。


ある日、交易都市の市場で、乾いた果実を選んでいたとき。

懐かしい声が背後から届いた。


「…ミリアリア様?」


振り返ると、そこに爺やがいた。

髪は白くなり、礼服ではなく粗末な旅装束を纏っていた。


「爺や…」

振り返ると、そこに爺やがいた。

髪は白くなり、礼服ではなく粗末な旅装束を纏っていた。


「爺や…」


ミリアリアの声は、風に溶けるように小さかった。

爺やは一歩、静かに近づいた。

その目には、懐かしさと、言いかけて飲み込んだ何かが宿っていた。




「お元気でしたか、ミリアリア様」

「いえ、今は…ただの老いぼれです」


ミリアリアは微笑んだ。

けれど、その笑みはすぐに消えた。

爺やの顔に、何か重いものが乗っているのを感じたからだ。


「何があったの?」


爺やは、少しだけ目を伏せた。

そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。


「皇后様が…呪われておられます」

「皇后様の命が、静かに、確実に枯れていっているのです」


ミリアリアは息を止めた。

火が暴れるのではない。

ただ、身体の奥から、命が抜けていくように。


「目は開いておられます。声も、時折届きます」

「けれど、肌は冷え、瞳の光が薄れ、まるで…命の灯りが、風にさらされているようで」


爺やの声は震えていた。


「治癒士たちは“強い呪い”だと申しております」

「解呪には、希少な“清浄の魔晶石”が必要だと」


ミリアリアは目を閉じた。


水の魔晶石は、ウォルガリアが独占している。

婚約破談の後、価格は三倍に跳ね上がった。

“採掘環境の悪化”という名目で。


一連の流れから呪いをかけた相手は推察できる

あの第四王子は自尊心が高く悪い噂も絶えない

婚約を破棄された腹いせに魔晶石の値段を釣り上げるだけでは済まないはず。


「…恐らく復讐。」

「私が選んだ拒絶が、王国全体を蝕んでいる」


爺やは否定しなかった。

ただ、静かに頭を下げた。


「皇后様は、あなたの選択を尊重されました」

「だからこそ、彼の国は“命”そのものを狙ったのです」


ミリアリアは立ち上がった。

その瞳に、灯りが戻っていた。


「ならば、私が探します」

「清浄の魔晶石を。皇后様の命を、取り戻すために」


――――――

ミリアリアは、皇后を救う手がかりを求めて各地を巡った。

ある日、風の祠に辿り着いた彼女は、預言者と呼ばれる老女に出会う。


老女は目を閉じたまま、静かに言った。


「清浄の魔晶石は、西の廃都に眠っている」

「それを見つけるには、赤い瞳の魔術師と共に行くことだ」


ミリアリアは言葉を失った。

その男の姿を、旅の途中で一度だけ見かけたことがあった。

名も知らず、ただその瞳だけが印象に残っていた。


「彼と行けば、望みは叶う」

「それが、皇后を救う唯一の道だ」


それだけ告げると、老女は再び沈黙した。


ミリアリアは祠を後に西へ向かった。




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