EP3一縷の願い︰〈名を持たぬ者の輪郭〉
門を越えた瞬間、空気が変わった。
霧は沈黙し、代わりに空間そのものが軋んだ。
ミリは足を止めた。
アカネは赤眼を開いた。
そのとき——
壁の奥から、輪郭が現れた。
それは人の形をしていたが、顔がなかった。
胸元には、空白が揺れていた。
「……アマツ。」
アカネの声が、構造に触れた。
だが、名はまだ呼ばれていない。
それは“語られぬ名”の輪郭——記憶の残滓ではなく、構造そのものの裂け目。
ミリは短剣を構える。
「来るよ。」
影が動いた。
その動きは、語られたことのない痛みのようだった。
空気が裂け、壁の言葉が崩れ落ちる。
アカネの術式が展開される。
赤眼が流れ、言界が震える。
「構造が拒絶している。だが、干渉は可能だ。」
ミリが跳ぶ。
短剣が空白を裂く。
だが、刃は“意味”に触れず、空間が反射する。
「……効かない?」
「語られていないものには、語られた刃は届かない。」
アカネが手をかざす。
術式が空間に展開され、言札が浮かぶ。
「ならば、仮の語式で揺らす。」
彼の声が、空気に触れる。
「〈未定義の構造、応答せよ〉」
輪郭が震えた。
空白が赤く染まり、街の記憶がざわめく。
ミリが再び跳ぶ。
今度は刃が“語られぬ痛み”に触れた。
影が崩れ、空間が軋む。
だが——
崩れた先に、もうひとつの輪郭が立ち上がる。
それは、完全な“無名”だった。
言葉も、記憶も、構造も持たない。
ただ、存在だけがそこにあった。
アカネが呟く。
「……これが、アマツの核。」
ミリは震えながら、言った。
「じゃあ、あたし……語るよ。名前を呼ばれる前に。」
アカネは頷いた。
「語ることが、構造を壊す。だが、壊してでも、進むしかない。」
二人は、語られぬ名に向かって歩み出す。
戦闘は、語りの始まりだった。
影が揺れた。
それは語られぬ名の輪郭——アマツの核。
構造の深部に触れた瞬間、空気が軋み、街の記憶がざわめいた。
ミリが短剣を構える。
だが、その刃は“語るため”ではなく、“憐れむため”に握られていた。
「……語られなかった痛みが、ここにある。」
アカネの赤眼が流れる。
瞳の奥に、断層が走る。
言界術が展開され、空間が震える。
「語式、展開。
〈構造断層、応答せよ〉」
アマツの輪郭が反応する。
空白が赤く染まり、街の壁が言葉を吐き出す。
「彼は戻らなかった」
「声は届かなかった」
「記憶は、ここに残る」
ミリが跳ぶ。
刃が空間を裂く。
だが、影は語られず、ただ“存在”としてそこにあった。
アカネが言う。
「語られぬ名には、語りの刃は届かない。
だが、願いは届くかもしれない。」
ミリは目を閉じる。
「なら、願う。
この無惨な現実に、少しでも意味が宿るように。」
彼女の声が、構造に触れた。
その瞬間——
影が崩れた。
だが、崩れた先に、さらに深い“空白”が立ち上がる。
それは、語りも、願いも、憐れみも拒絶する“核の核”。
アカネが前に出る。
「……ここからが本当の戦闘だ。
語ることが、構造を壊す。
だが、壊してでも、願いを通す。」
ミリは頷いた。
「語りの刃で、無名に触れる。
あたしの語りが、あんたに届くまで。」
二人は、語られぬ名の深部へと踏み込んだ。
願いは細く、構造は脆く、
それでも、語りは止まらなかった。
アマツの輪郭が、空間に根を張るように広がっていく。
それは“存在”ではなく、“拒絶された記憶の塊”。
語られず、名もなく、ただ構造に染み込んだ痛み。
ミリが跳ぶ。
短剣が空白を裂く。
だが、刃は“意味”に触れず、空間が反射する。
「……語りが届かない!」
アカネの赤眼が流れる。
瞳の奥に、断層が走る。
言界術が展開され、空間が震える。
「語札、展開——〈断層干渉式・第三層〉」
術式が空間に触れ、アマツの輪郭が一瞬だけ揺らぐ。
その隙に、ミリが再び跳ぶ。
刃が“語られぬ痛み”に触れた。
影が裂け、構造が軋む。
だが——
裂けた先に、さらに深い“核”が立ち上がる。
それは、語りも、願いも、憐れみも拒絶する“無名の中心”。
アカネが前に出る。
「……これが、アマツの核。
構造の拒絶そのもの。」
ミリは震えながら、言った。
「じゃあ、あたし……語るよ。
名前を呼ばれる前に。
願いでも、祈りでもない。
ただ、憐れみとして。」
彼女の声が、空間に触れた。
その瞬間——
アマツが応答した。
空白が赤く染まり、街の壁が言葉を吐き出す。
「彼は戻らなかった」
「声は届かなかった」
「記憶は、ここに残る」
ミリの刃が、今度は“語られぬ痛み”に届いた。
影が崩れ、構造が軋む。
だが、崩れた先に、さらに深い“拒絶”が立ち上がる。
アカネが術式を強化する。
「〈断層干渉式・第五層〉——赤眼、全開」
瞳が流れ、空間が裂ける。
語りが構造に干渉し、アマツの核が震える。
ミリが叫ぶ。
「……願いなんて、届かないかもしれない。
でも、憐れむことはできる。
それだけは、語っていい?」
アカネは頷いた。
「語ることが、構造を壊す。
だが、壊してでも、進むしかない。」
二人は、語られぬ名の深部へと踏み込んだ。
願いは細く、構造は脆く、
それでも、語りは止まらなかった。
そして、アマツが初めて“声”を返した。
それは言葉ではなかった。
音でもなかった。
ただ、空間の“意味”が揺れた。
ミリは息を呑む。
胸の奥に、誰かの記憶が流れ込んできた。
「……これ、誰かの“願い”?」
アカネは赤眼を細める。
瞳の奥で、断層が震えていた。
「違う。これは、願いの“残骸”だ。
叶わなかった祈りが、構造に染み込んだ。」
アマツの輪郭が広がる。
空間が軋み、地面が沈む。
街の壁が再び言葉を吐き出す。
「わたしはここにいた」
「誰も気づかなかった」
「それでも、願った」
ミリは短剣を構える。
だが、刃は震えていた。
それは恐怖ではなく、憐れみだった。
「……願いが、届かなかったから、こんな形になったの?」
アカネは頷いた。
「語られなかった願いは、構造に拒絶される。
だが、拒絶されたままでは、歪みになる。」
アマツが動いた。
その動きは、語られぬ痛みの奔流。
空間が裂け、言札が焼ける。
アカネが術式を展開する。
「〈断層干渉式・第六層〉——赤眼、逆流」
瞳が流れ、構造が逆転する。
語りが“拒絶”を貫き、アマツの核に触れる。
ミリが跳ぶ。
刃が空白を裂く。
今度は、語りが届いた。
アマツが叫ぶ。
それは、誰かの声だった。
名もなく、記憶もなく、ただ“願い”だけが残っていた。
ミリは叫ぶ。
「なら、あたしが語る!
この願いが、無惨な現実に喰われないように!」
アカネが応える。
「語れ。構造が壊れても、語りは残る。」
二人の干渉が、アマツの核を揺らす。
そして——
街が、静かに応答した。
壁の言葉が、少しだけ“意味”を持ち始める。
「願いは、まだ残っている」
「語られれば、届くかもしれない」
アマツの輪郭が崩れ始める。
だが、その奥に、さらに深い“拒絶”が潜んでいた。
アマツが声を返した。
それは、誰かの願いの残骸。
語られず、届かず、構造に沈んだ祈り。
空間が軋み、街の壁が言葉を吐き出す。
「わたしはここにいた」
「誰も気づかなかった」
「それでも、願った」
ミリは跳ぶ。
刃が空白を裂く。
だが、アマツの核は深く、拒絶は強い。
アカネが赤眼を全開にする。
瞳が流れ、断層が逆転する。
「〈断層干渉式・最終層〉——語式、解放」
術式が空間に展開され、構造が震える。
アマツの輪郭が揺らぎ、街の記憶がざわめく。
ミリが叫ぶ。
「願いなんて、届かないかもしれない。
でも、憐れむことはできる。
それだけは、語っていい!」
彼女の声が、構造に触れた。
その瞬間——
アマツが叫ぶ。
それは、誰かの声だった。
名もなく、記憶もなく、ただ“願い”だけが残っていた。
アカネが前に出る。
「語られぬ名よ。
お前は拒絶された願いの塊。
だが、語られた今——構造は、お前を受け入れない。」
彼の掌が空間に触れる。
術式が収束し、赤眼が輝く。
「〈語式・終結〉——“願いは、届いた”」
アマツの輪郭が崩れる。
空白が赤く染まり、街の壁が沈黙する。
ミリの刃が、最後の一撃を刻む。
「……あたしが語った。
あんたは、もう“無名”じゃない。」
アマツは、静かに消えた。
語られぬ名は、語られた願いとして構造に還った。
街の空気が、わずかに柔らかくなる。
壁の言葉が、意味を持ち始める。
「願いは、まだ残っている」
「語られれば、届くかもしれない」
ミリは膝をついた。
アカネは静かに目を閉じた。
戦いは終わった。
だが、語りは続いていく。
構造は、まだ眠っている。
願いは、そこに残っている。