EP11語り手の帰還〈赫灼の余韻と、村ノ明かり〉
焔の余韻が、森に残っていた。
魔獣の巨体は、木々の間に沈んでいた。
焦げた空気が、静かに漂う。
カイは、膝をついていた。
背中の傷から、血が滴っていた。
「……見事でした、アカネ」
その声は、穏やかだった。
でも、顔色は悪かった。
ボクは駆け寄った。
「師匠、傷が……!」
「大丈夫です。少し、術式を使います」
カイは札を取り出した。
その指先は、わずかに震えていた。
「回復術式・参ノ環」
札が空気を裂き、術陣が展開される。
淡い光が、彼の背を包む。
血が止まり、皮膚が再生を始める。
でも、ボクは見た。
札の裏に、白の印が浮かんでいたことを。
(白の……?)
カイは目を閉じていた。
その瞳の奥で、何かが――静かに動いていた。
「……赫灼の脈動、安定してきましたね」
「え?」
「いえ、独り言です。
あなたの力は、もう術式を超え始めている。
それは、語りの深さが力に変わる証です」
ボクは、紅い目を伏せた。
拳が、まだ熱を帯びていた。
(語りが、力になる……?)
カイは立ち上がった。
傷は癒えたはずなのに、どこか――痛みを残していた。
「さあ、行きましょう。」
沢沿いへ残りの魔獣を追う
―――
森の奥、南の沢沿い。
水音が静かに響く。
霧が地面を這い、木々の根元を覆っていた。
「この辺りに、もう一体の魔獣が潜んでいるはずです」
カイの声は低かった。
背の傷は癒えたはずなのに、歩き方が少し重い。
「師匠、大丈夫ですか?」
「ええ。回復術式は十分に効いています。
……それより、アカネ。赫灼の脈動、まだ続いていますね」
ボクは頷いた。
紅い目が、沢の霧を透かしていた。
(何かがいる。語りが、ざわついてる)
水面が揺れた。
霧の奥から、ぬるりと黒い影が現れる。
「魔獣……“濁尾の潜”」
カイが札を構えた。
でも、ボクは拳を握った。
「札は、使いません。
……語りが、拳に乗ってる気がするから」
カイは、わずかに目を細めた。
その瞳の奥で――何かが、静かに笑った。
魔獣が吠えた。
水が爆ぜ、霧が裂ける。
ボクは、走った。
紅い目が、魔獣の動きを捉える。
拳が、水を切る。
焔が、霧を焼く。
魔獣の体が、沢の奥へと吹き飛ぶ。
焔が霧を焼き、術脈が地面を走った。
水音が、静かに戻ってくる。
霧が、少しずつ晴れていく。
ボクは、拳を握ったまま立っていた。
紅い目が、まだ熱を帯びていた。
「……なんとか、倒しましたね」
カイが、肩を撫でながら言った。
札を一枚、静かにしまう。
「赫灼の脈動、安定しています。
語りの深さが、力を制御し始めている」
「でも、まだ怖いです。
拳が勝手に動くような感じで……」
「それでいいんです。
語りとは、記憶と感情の流れ。
それが力になるのが、赫灼ですから」
カイの声は穏やかだった。
でも、札の裏には――白の印が、また浮かんでいた。
(師匠は、何かを隠してる)
(でも、今は……)
ボクは、紅い目を伏せた。
拳の熱が、少しずつ冷めていく。
「村に戻りましょう。
この沢も、座標を残しました。
門の条件は、着々と揃っています」
「門……?」
「いえ、独り言です。
さあ、帰りましょう。
夕暮れの森は、夜になると“語り”が乱れますから」
ボクは頷いた。
森の奥に背を向け、沢を渡る。
水面に映った紅い目が、少しだけ揺れていた。
―――
森を抜ける頃には、すっかり日が暮れていた。
空は墨色に染まり、木々の影が長く伸びていた。
「照明術式・灯ノ環」
カイが札を掲げると、淡い光が空中に浮かんだ。
術式の輪が、二人の足元を照らす。
「便利ですね、それ」
「夜の森は危険ですから。
……特に、語りが乱れる時間帯は」
ボクは頷いた。
でも、紅い目はまだ熱を帯びていた。
「師匠……お腹、減りました」
「ふふ、私もですよ」
「今日のご飯、何ですかね?」
「たしか、今夜は芋の煮物と干し魚だったかと。
……成長期には、栄養も大事ですからね」
ボクは笑った。
拳の熱が、少しだけ和らいだ気がした。
村の門をくぐると、松明の灯りが揺れていた。
その向こうに、見慣れた顔が並んでいた。
「アカネ!」
ユイが駆け寄ってきた。
幼なじみの彼女は、いつも通りの笑顔だった。
でも、目元が少し赤かった。
「無事でよかった……!」
「うん。なんとか、ね」
その後ろには、姉のミナが腕を組んで立っていた。
少しだけ睨むような目で、でも口元は緩んでいた。
「無茶しすぎ。でも、よくやったわ」
父親が、松明を掲げていた。
母親は、炊き場の方から走ってきた。
「さぁ、帰ってご飯にしましょう。
今日は芋の煮物と干し魚よ。アカネの好きなやつ」
「お腹、減った……」
ボクは、紅い目を伏せた。
拳の熱が、ようやく静まっていく。
カイは少し離れたところで札をしまっていた。
その背中は、どこか静かだった。
「今夜は、語り手の“帰還”を祝う夜です」
村人たちが道を開ける。
松明の列がボクらの帰りを嬉々としていた。
ボクは、ユイと並んで歩いた。
ミナが後ろからついてくる。
父と母が、笑いながら話していた。
「計画を早めるか」
ボソッと誰かが呟いた
――――――
翌朝は姉の悲痛な叫びで目覚める
それは物語の序章でしかなかった




