EP0 語式零:〈語られざる狩人〉
闇は語らない。だが、彼の瞳は語っていた。
月のない夜。森は沈黙し、空気は言葉を拒絶していた。
その中心に、ひとつの赤い光が浮かんでいた。
アカネの瞳だった。
闇を裂くように、赤く、冷たく、静かに燃えていた。
彼は語らない。語れば、世界が壊れる。
だから彼は、語らずに狩る。
モンスター——語られし者。
かつて誰かが語った物語の断片が、形を持って現実に溢れ出した存在。
その夜、アカネは三体目を狩った。
この者は、物語に属さない。
その言葉が、彼の心に浮かんだ瞬間、モンスターの身体が崩れ、語界が閉じた。
彼はまだ語っていない。
だが、語らずとも、彼の瞳は語っていた。
赤眼の魔術師——アカネ。
世界の構造を狩る者。語られざる語り手。
――――――
ギルドの扉を押し開けると、冷たい石の空気がアカネの肌を撫でた。
壁には狩人たちの名前が刻まれた語札が並び、奥の受付には一人の女性が座っていた。
「おかえり、アカネくん。今日も無事だったみたいね。」
受付の女性——ミナは、柔らかな声で微笑んだ。
彼女の前には、言界術師たちの記録を管理する“語帳”が広げられている。
「三体目、終わった。」
アカネは短く告げ、腰の語札を机に置いた。
ミナは語札を手に取り、指先でなぞるように読み取る。
語札には、狩ったモンスターの情報が記されている。
言界術によって生まれた“語られし者”——物語から漏れ出した存在たちだ。
「確認っと……“語られし者・第三体”、討伐完了。カルマの回収も済んでるわね。」
カルマ——それは語りの代償として世界に残る“言葉の痕跡”。
モンスターを倒すことで得られる、次の言界術を編むための素材であり、語りの因果でもある。
「報酬は銀貨七枚とカルマ三つ。はい、どうぞ。」
ミナは銀貨の袋と、淡く光るカルマの結晶を差し出す。
アカネは無言でそれを受け取り、カルマを掌に吸収する。
彼の赤い瞳が、わずかに光った。
「次は?」
低く、短く、だが確かに語られた声。
ミナは少しだけ表情を曇らせ、語帳の奥から一枚の札を取り出した。
それは、黒い縁に赤い文字で記された“特級依頼”だった。
「……廃都ルビス。危険度、言界崩壊級。語られし者・第四体。」
アカネは語札を手に取り、目を細めた。
その札からは、言葉にならない“重圧”が滲み出ていた。
「行く。」
それだけ言って、彼は踵を返す。
ミナはその背中に、少しだけ声をかけた。
「……気をつけてね。」
アカネは振り返らずただ、物語を編む足取りを始めた