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異世界恋愛【短編・5万文字以下作品】

それは体調不良なんかじゃない!

今回はストレスフリーな話なので注意書きは特に必要ないかと……。

ただポンコツ気味なヒーローが苦手な方はご注意を。(笑)

「最近お前と一緒にいると、やけに体調不良に陥るんだが……」


 言いがかりのようなことを訴えてきた幼馴染にフォルティス伯爵家の令嬢アデルは、不快そうに片眉を上げた。


「何よ、それ。私と一緒にいると気分が悪くなると遠回しに言っているの? 喧嘩なら、いつでも買わせていただくけれど?」

「そうじゃない」

「だったら何なのよ……。今の言い方だと、そういう風にしか聞こえないわ!」

「気分が悪いとかではないんだ。ただ……何と言うか、体調に異変が起こるというか……」


 珍しく煮え切らない返答をする幼馴染にアデルが盛大に呆れる。

 その反応に不満そうなラウルスが眉間に皺を寄せた。

 彼はハルト子爵家の嫡男で、アデルの家であるフォルティス伯爵家とは領地が隣接している。

 だが、両家は領内に凶悪な魔獣が出没する土地を持っていた。


 この国の西側一帯には魔獣が住まう巨大な森があるのだ。

 両家は魔獣の森の管理を行っている辺境伯家の傘下であり、国の東寄りにある王都に魔獣が侵入しないよう国防を担っている家同士である。


 そしてどちらも代々、武芸に秀でた人間を多く輩出している家てもある。

 特にフォルティス伯爵家に受け継がれている『身体強化魔法』は精度が高く、仕えている辺境伯家からはかなり重宝されていた。


 そんなフォルティス家が持つ騎士団は国内では最強ともいわれている。

 ラウルスはハルト子爵家の一人息子ではあるが、魔獣が生息する領地を将来的に統治する立場なので、容赦のない父親によってこの屈強な騎士団に幼い内から放り込まれたのだ。

 フォルティス騎士団には、騎士を目指す若者達の為に養成所が設けられている。

 その幼年科に放り込まれた彼は、そこでアデルと彼女の兄グランと出会い、兄妹のように育った。


 そんな中、二人が六歳の頃に婚約が決まる。

 経緯としては、剣術に優れた血筋のハルト子爵家に強化魔法の使い手であるフォルティス伯爵家の血筋を入れることを今後を考えた辺境伯家が望み、二人の婚約は王令として下されたのだ。

 この件に関しては、親友同士である二人の父親達も嬉々として承諾したらしい。


 しかしアデル達当人は未だに幼馴染という感覚なので、婚約者同士という自覚がない。現在十七歳となった二人だが、久しぶりに顔を合わせれば幼少期から恒例となっている組み手をはじめ、その後は茶菓子を頬張りながら、互いに好き勝手なことをしゃべってダラダラと過ごしている。


 そんな歳が近い兄妹のような二人だが、幼少期の頃はここにアデルの兄グランも加わり、フォルティス家の使用人達から悪童トリオと陰で囁かれていた。

 しかし問題児達も年頃になれば、それぞれ学ぶべき物事に違いが出てくる。

 将来的に魔獣が出没する領地を継ぐ予定の兄やラウルスとは違い、女性のアデルは学ぶ内容が鍛錬から淑女教育に変わってしまった。

 それでもラウルスとの関係は、幼少期のこの頃から一切変わっていない。


 そんな彼は現在、辺境伯家所有の騎士団に二歳上のアデルの兄グランと共に所属している。そして週末の休みになると、帰宅してくる兄と共にこのフォルティス伯爵家にやってきて、我が家のようにくつろいでいるのだ。

 彼にとって勝手知ったるフォルティス邸は、第二の家という感覚なのだろう。


 アデルのほうも、その状況をすんなりと受け入れていた。

 ラウルスが家族のようにこの邸で過ごしていることは、彼女にとっても当たり前の日常なのだ。

 ただ彼が本来の実家にあまり帰っていないことには、少し思うことがあった。


 騎士団の詰所からフォルティス伯爵邸までは、馬を飛ばせば二時間ほどで移動できるのだが、これがハルト子爵家までとなると、どんなに馬を飛ばしても半日近くはかかってしまう。

 それが面倒だと感じる幼馴染なので、実家にはあまり帰りたがらない。

 そのことをアデルが問い詰めると、母親の希望で近況報告の手紙を頻繁に送っているから問題ないと返してきた。


 しかし、アデルのもとには『息子が帰省しないので寂しい』という内容の手紙が未来の義母から、たまに送られてくる。

 そんな夫人の訴えを彼に伝え、たまにはハルト家に帰るように忠告するが、当人はフォルティス邸のほうが居心地が良いと言い張り、週末は必ず兄と共にこの邸にやってきてしまう。

 そして勝手知ったる我が家のように過ごした後は、再び兄と共に所属している騎士団の詰め所に戻っていくのだ。


 もはやフォルティス伯爵家の一員のようになっているラウルスは、アデルにとっても家族同然という存在なのだ。

 しかしそんな彼は、今から一カ月ほど前からおかしな反応を見せはじめていた。

 そして本人も自身がその状態に陥っていることに最近、気づいたらしい。

 それが先程彼が口にしていた『体調不良』である。


「最近、あなたがおかしな反応をすることが増えたように感じてはいたけれど……。もしかして『体調不良』というのは、そのことに関係しているの?」


 アデルの質問にラウルスは驚くような表情を浮かべた。


「お前……ここ最近、俺の様子が変だったことに気づいていたのか!?」

「何年あなたの幼馴染をやっていると思っているのよ。そんなの、すぐに気づくわ」

「それなら話が早い。聞いてくれ! 俺、何だかここ最近、色々と変なんだ!」


 テーブルに両手を突き、前のめりになって食らいつかれたアデルが椅子に座ったまま、身構えるように身を引く。鋼のような黒に近い銀髪に濃紺で切れ長の青い瞳を持つ彼は、無駄に端正な顔立ちをしていた。

 いくら慣れ親しんだ相手とはいえ、流石のアデルも一瞬ドキリとしてしまう。

 だが、すぐに『あっ、これラウルスだった』となり、それ以上のときめきは訪れないのだが。


 そんな彼は、所属している騎士団内では真面目すぎて冗談が通じない堅物扱いをされている。実際、彼は複雑な感情を読みとるのが苦手で、思ったことをすぐに口にしてしまう。

 アデルと共に社交界デビューをした際は、その整った顔立ちから同世代の令嬢達に言い寄られていたのだが……。

 この堅物幼馴染は、そんな令嬢達に「婚約者持ちの男と嬉々として交流を図ろうとすると、世間から『尻軽令嬢』と誤解をされるので、やめたほうがいい」と、バカ正直に正論をぶちかましたのである。


 その為、彼に言い寄る令嬢は今では一人もいない……。

 そんな彼の行動は『若い令嬢の誘惑に屈しない硬派な騎士令息』と世間では評価されているが、ハルト子爵家とフォルティス伯爵家の人間は、誰一人そんなことは思っていない。

 ラウルスの性格をよく知っている人間からすると、彼がそう口にしたのは「常識を知らないようだから教えてやった」という感覚であることを容易に想像できたからだ。

 そんな直情的な言動をする幼馴染が、今回は珍しく自身の体調不良の件で頭を抱えている。


「その体調不良、そんなに深刻なの?」

「かなり深刻だ……。鍛錬中にも発作的に起こるし、現状も身体的に異常が出ている」

「今も!?」

「なんかもう……ふとした瞬間に急に動悸が早まる……」

「そ、それ、主治医に相談したの!?」

「した。ついでにグランに頼んでフォルティス家の主治医にも診てもらった。だが、何故かうちの主治医と同じ反応をされて鼻で笑われた挙句、異常はないと言い切られた……」

「ええ!? う、うちの主治医はともかく、ハルト家の主治医ってあの優しそうな老紳士でしょう!? なのに鼻で笑われたの!?」

「ああ……。俺もハイレンにそんな態度を取られるとは思わず、地味にショックだった……」


 フォルティス家の主治医は、死線を何度も潜り抜けてきた軍医のような豪快な性格の医者なのだが、ハルト家の主治医ハイレンは穏やかな雰囲気をまとった品のある老紳士である。

 特に三歳頃まで頻繁に高熱を出していたラウルスに対しては過保護だったはずなのだが……その彼が今回、鼻で笑い飛ばすほど幼馴染の体調不良を軽視する診断を下したのだ。


「それ……本当に体調不良なの?」

「ふとした瞬間に急に心臓がキュッとなるんだぞ!? これが体調不良でないなら何なんだ!」

「苦しくなるの?」

「いや、なんかゾワゾワ……だと少し違うな。何かこうブワ-ッと肌が粟立つ感覚だ」

「それは寒気では?」

「違う。寒気どころか、むしろ全身……特に顔面が火照ってくる」


 そう訴える幼馴染の額にアデルがおもむろに手を伸ばす。

 すると、ラウルスが分かりやすいほどにピシリと固まった後、物凄い勢いで体を引いた。


「熱は……ないわね」

「やめろ!! さっきの俺の訴えを聞いていなかったのか!? お前が近くにいると体調不良に陥りやすいと訴えたばかりだろう!? 不用意に俺に触れるな!!」

「だって動悸に体の火照りとくれば風邪の症状かと。あっ、でも『バカは風邪をひかない』というから、ラウルスの場合は例外になるのかしら……」

「俺は騎士養成所でお前よりも一般教養の教育は早く終えているんだが?」

「男性と女性では学ばされる一般教養の難易度が違うということはご存知かしら?」


 そう言って勝ち誇るような艶やかな笑みをアデルが浮かべると、何故かラウルスが胸の辺りをグッと抑えながら苦しみだす。


「な、何!? だ、大丈夫!?」

「くっ! この間から一体、何なんだ……。今、何かをごっそり持っていかれた気がする」

「誰に!? 何を!?」

「わ、分からない……。だが、確実に何かを持っていかれた……」


 胸を抑えたままテーブルに突っ伏す幼馴染に流石のアデルも本気で心配になってきた。


「他にはどんな症状が出ているの?」

「他? 他には……」


 そう言ってゆっくりと顔を上げたラウルスは、おもむろに皿に乗っていた焼き菓子を手にした。

 その不可解な行動をジッと見つめていると、何故かその焼き菓子をアデルの口元まで持っていく。

 幼少期の頃にふざけてこういうことをよくしていたことがある彼女は、反射的にその焼き菓子をパクッと口にし、モグモグと咀嚼した。

 その間、何故か二人は真顔で見つめ合う。


「……なによ。急にお茶菓子なんか差し出してきて……」


 焼き菓子を全て飲み込んでから問い詰めると、彼は真顔でその理由を口にした。


「今、何故か無性にお前を餌付けたくなった」

「はぁ!? 何で!?」

「わからない……。だが、先程からずっとお前の口に茶菓子を突っ込みたかった……」

「だから何で!?」

「そんなの俺のほうが知りたい!!」


 不機嫌そうに反論してきたラウルスにアデルが、怪訝そうな表情を返す。

 たまに何を考えているかわからない時がある幼馴染だが、どうやら今回は彼自身も自分の中に生まれる謎の衝動の原因にお手上げ状態のようだ。


「ま、まぁいいわ……。他にはどんな症状が?」

「先程もそうだったが……お前と組み手をすると動悸が異様に早まる」

「待って! それ、まるで私に原因があるみたいじゃない!」

「だからお前が近くにいると体調不良に陥ると先程から言っているじゃないか!」

「何でよ!」

「俺が知るか!」


 心配をしているのに八つ当たりをされたアデルがムッとした表情を浮かべる。

 すると、やや気まずそうな様子でラウルスがポツリと今の心情を語りはじめた。


「俺だって困惑しているんだ……。お前は俺の中では何でも話せる数少ない気心が知れた奴なのに……急にこんな症状がでるようになって」


 端正な顔立ちをしている彼だが、切れ長の目からきつい印象を抱かれやすい。

 しかも思ったことをバカ正直に口にしてしまう為、周囲に威圧的な印象を与えてしまう。

 だが、実際は自分に正直すぎるだけであって、話せば気さくな部分もあることがすぐにわかる。

 ただ冗談に関しては、真面目すぎる性格なので見当違いな解釈をしやすいが。


「一緒にいて一番楽だった奴が突然原因もわからず、自分に負担を与えてくるような存在になったしまったんだぞ? 俺にとっては、かなりの死活問題だ……」

「ラウルス……」

「何故こんな症状が出るんだ……。しかもお前限定で……」


 そう言ってテーブルに両肘を突き、組んだ手に額を押しつけて項垂れてしまった幼馴染にアデルは憐憫の眼差しを向ける。

 空気を読むことが苦手な彼は騎士団内でも友人が少ない。

 そんな彼にとって、アデルは数少ない心を許せる相手なのだ。

 それが今や傍にいるだけで、自分に謎の体調不良を発症させる存在になってしまったのだから、確かに彼にとっては、かなりの死活問題なのだろう。


 だがアデルからするとそれは体調不良などではなく、何らかの精神的な要因で起こっている症状に思えた。すなわち時間が解決してくれると思ったのだ。


「ねぇ、ラウルス。その体調不良なのだけれど……私はその原因が精神的な部分からきている症状だと思うの」

「精神的?」

「そう。だからね、時間が経てばその症状は軽減されると思うわ」


 できるだけ安心させようと、珍しく優しい口調で説き伏せようとしたアデル。

 しかしラウルスのほうは、自分の状態を軽視されたと感じてしまったようだ。


「何故そう言い切れる? そんな保障、どこにもないじゃないか!」

「だったら何故、私限定でそういう症状が起こるのよ! そもそもそこが一番おかしいのでしょう!?」

「俺だってその理由がわからないから苛立っているんだ!」

「ならば、もう時間に任せて治るまで放っておくしかないじゃない!」

「それまで俺はずっと、このままなのか!? 嫌だ! こんな原因不明のモヤモヤした気持ちでい続けるだなんて耐えられない!」

「だったらどうしたらいいのよ! いっそ私としばらく顔を合わせないようにする!?」

「そんなことをしたら、ますます悪化する!!」


 幼馴染のその言い分に引っ掛かりを感じたアデルは、怪訝そうに片眉を上げる。


「それ、どういうこと?」


 すると、ラウルスはやや項垂れながら理由を語りはじめた。


「ここ最近の俺は……ふとした瞬間、お前が今何をしているのか知りたい衝動に駆られる」

「何よ、それ。普段の私はお父様の領地経営の書類仕事や魔獣討伐を手伝っているって、しばらく一緒に生活をしていたあなたなら、よく知っているはずでしょう?」

「そうなんだが……。現状はそのことがやけに気になって、職務や鍛錬に集中できなくなることが多々あるんだ。だから週末にお前の一週間分の近況を聞くと、何故か安心する。だから会うことをやめたら、ますます悪化すると思う……」

「ねぇ。それ、やっぱり精神的な問題で起こっている症状じゃない?」

「仮にそうだとしたら、どんな精神的な問題になるんだ……」

「そうねぇ……例えば……」


 すると、頭の中にラウルスの異変に当てはまるピッタリな症状が何故か急に浮かび上がる。

 その瞬間、アデルは言葉を失った。


「いや、待って! これ、違うから!」

「これとは何だ? もしかして……俺の症状に当てはまる病名に心当たりがあるのか!?」

「違う! これは絶対に違うから!」

「それは何だ! 頼む! 教えてくれ! もし大病だったとしても俺はそれを受け入れる覚悟ができている!」

「そんな覚悟はしなくていいから! そもそもこれは絶対に違うから!」


 頑なに思い当たる病名を口にしようとしないアデルにラウルスが苛立ちはじめる。


「何故、勿体ぶるんだ! 頼む! 教えてくれ! このままでは俺は、この謎の体調不良のせいで、お前を手にかけてしまうかもしれないんだ!」

「はぁ!? 何でそうなるのよ!?」


 あまりにも予想外なラウルスの訴えにアデルが素っ頓狂な声を上げる。


「先程、菓子をお前の口に突っ込んだときもそうだが……。俺はこの動悸や発熱、突然の胸の痛みなどの症状に襲われると、それを払拭するために何故かお前に対して攻撃的なことをしたくなってしまう……」

「攻撃的……。た、例えばどんな?」

「例えば……今回に一週間ぶりに再会した直後、俺はお前に少し痩せたんじゃないかと問いかけ、確認するようにお前を締め上げた」

「そういえば……出迎えた際、あなたにギュッと抱きしめられた気がする」

「あの時、急に謎の胸を締めつけられるような感覚が襲ってきて、その苦しさを鎮めるために思わず目の前にいたお前を締め上げてしまったんだ」

「締め上げた……」


 その表現にいささか違和感を抱いたアデルだが、ラウルスにとっては締め上げてしまった感覚なのだろう。


「その後、鍛錬場に向かっている際にお前と手がぶつかった瞬間、急に謎の動悸が起こり、思わずお前の手首を思いきり掴んでしまった」

「確かにそんなことがあったわね……。いきなりだったから、ちょっと驚いたけれど」


 確かに二時間ほど前に久しぶりに手合わせをする話の流れになって、フォルティス騎士団の鍛錬場に向かっている最中にアデルは急にラウルスに手首を掴まれていた。

 だが、少しふざけただけだろうと思い、左程気にしていなかった。


「極めつけは体術勝負で組み手をしている時だ……。俺は何故かお前の存在が物凄く脅威に感じられて、何度も寝技をかけようとしてしまった」

「ああー……確かに。何故、寝技ばかりにこだわるのかとは思ったけれど……」


 確かに一時間前に行っていた組み手の際、ラウルスはやたらと寝技を仕掛けてきた。

 だが二人で組み手を行う際は、女性であるアデルに公平なように微弱な強化魔法を使用することをルールづけしている。

 その為、寝技を仕掛けられてもアデルは華麗にそれを回避していた。


「さっきだってお前の口に焼き菓子を大量に詰め込みたい衝動に駆られすぎて、下手をしたら窒息死させていたかもしれない」

「それは少し考えすぎでは……?」


 あまりにも極論思考に陥っている幼馴染にアデルが呆れた表情を向ける。


「今だってお前のそのふわふわな髪に手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃにしたい衝動に駆られている」

「やめてよ! これ、リナリーが一生懸命セットしてくれたのだから!」

「そもそもお前……最近やけに化粧が濃くないか?」

「はぁ!? 何言ってんのよ! 週末は必要最低限の化粧しかしていないのだけれど!?」

「嘘だ! では何故、毎週顔を合わせる度にキラキラ度合いが上がっているんだ!」

「知らないわよ! 大体、何であなたに会うのに化粧に気合いを入れなければならないのよ!?」

「じゃあ、なんでそんなにキラキラしているんだ!!」

「キラキラなんてしてない!!」


 互いに勢いよくテーブルに両手を突いて抗議し合っていると、横からのんきそうな声が二人にかけられる。


「うわぁー……ラウルスの病状、かなり悪化してんなぁー……」

「グラン!」

「お兄様!」


 声の主は、久しぶりに婚約者との面会に出かけたはずのアデルの兄グランだった。


「アデル、ラウルス今日変じゃなかったか?」

「変なのはもとからなのだけれど、奇行が酷いというか……」

「本人を前にして変とか言うな!! それよりも……グラン。お前、俺のこの症状が何なのかわかるのか!?」


 その瞬間、アデルがわかりやすいくらいに肩をビクリとさせた。

 そんな妹の反応を目にした兄がニヤリと笑みを浮かべる。


「まぁーなー。大いに心当たりがあるなー。そもそも今日、面会してきたリティーも同じ病のせいで、やけに可愛らしいツンケンぶりを発揮していたからなー」


 『リティー』というのはグランよりも四歳年下の辺境伯家三女のリティシアことで、年齢が少し離れているが二人は一年ほど前に婚約している。

 その彼女が症状は違えど、どうやらラウルスと同じ病にかかっているらしい。


「同じ……病? そ、それは何と言うやま――――」

「お、お兄様ぁ? 久しぶりにお会いになられたリティシア様はお元気そうでしたかぁ?」


 ラウルスが自身が侵されているであろう病について確認しようとした瞬間、アデルがあからさまにその質問を遮った。


「おい! アデル! 人が質問をしているのに割り込んでくるなよ!」

「はぁ!? 兄と未来の義姉の仲が順調であるか妹として気になるのは当然でしょう!?」

「だからって今、このタイミングで確認することではないだろう!?」

「うるさいわね! 家族でもない部外者は引っ込んでないさいよ!」

「俺は近々お前の夫になるのだから、もうほぼ家族だろうが!」

「現状はまだ赤の他人ですぅー」


 何やら子供じみた言い合いをはじめた妹と未来の義弟にグランが吹き出す。


「ふはっ! この様子じゃ、アデルにはもうラウルスの病名がわかっているみたいだな!」

「お、お兄様!」

「何……だと? おい、アデル! どういうことだ!」

「どうもこうも……」

「ラウルスのその症状は病気なんかじゃないんだよなー」

「やめて!! お兄様、それ以上、余計なことは言わないで!!」

「余計なことだと!? 俺がこんなにも体調不良で苦しんでいるのに……。お前までハイレンのように俺を見殺しにするのか!?」

「あなたのそれは体調不良なんかじゃないのよ!!」

「じゃあ、何なんだよ!?」

「そ、それは……」


 妹が押し黙ったその一瞬の隙を兄グランは逃さない。


「しいて言うなら、それは『恋の病』だ」

「お、お兄様ぁぁぁー!!」


 兄が落とした爆弾発言にアデルが令嬢にあるまじき声量で叫ぶ。

 対してその答えを聞いたラウルスは、呆然としながらその病名を自身でも口にする。


「恋の……病?」

「ち、違うの! あのね、ラウルス! その症状は、単に精神的に疲れているから起こる症状であって……」


 必死で兄の誤診を訂正していると、何故かラウルスがジッと見つめ返してきた。

 その無言の圧力でアデルの動きが一瞬だけ止まる。


「アデルを目にすると、急に心拍数が上がるのも?」

「え、ええーと……」

「普段あまり見られない珍しい表情をされると体温が上昇するのも?」

「ラ、ラウルス? ちょっと口を閉じてみるというのは……どうかしら?」

「急に肌が粟立つような感覚が起こるのも?」

「…………」

「それがアデルを抱きしめることで治まったのも?」


 なにやら聞き捨てならないことを口走ったラウルスをアデルが咎める。


「ちょっと待ちなさいよ! それ、痩せたんじゃないかとか言って抱きついてきた時のこと!?」

「ああ。アデルを抱きしめたら治まりそうだと思ってやったら、本当に症状が治まった」

「さっきと言っていることが違うじゃない! たまたま私が目の前にいたから抱きついたって言っていたわよね!?」

「目の前にいる奴でいいなら隣にいたグランに抱きついていた。だが、グランじゃ絶対に鎮静効果は得られないとも確信していた」

「もし抱きついてきたら、俺は全力でお前を投げ飛ばしていたからな」

「俺もお前になんか抱きつきたくない……」

「だ、だからってなんで私だったのよ!?」


 すると、ラウルスは自身の婚約者に一点の曇りもない真っ直ぐな目を向ける。


「アデルが一番抱き心地がよさそうだと思ったからだ」

「なっ……!」

「だが、病名が判明したことで、何故そのような効果が得られたのか納得した。俺はあの瞬間、自分の欲求を満たせたから症状が治まったんだ。よって俺の体調不良を治せる人間は、アデルしかいないということが、よくわかった」

「どうしてそういう解釈になるのよ!!」

「だから今後、謎の体調不良に見舞われた際は、俺は真っ先にお前に抱きつくことにする」


 ラウルスのその宣言に兄グランが、ブフッと吹き出す。

 対して妹のアデルは、真っ赤な顔をしながら小刻みに震えだした。


「アデル? どうした? もしかして寒いのか?」

「あ、あなたのそれは……体調不良なんかじゃないっっっっっっ!!」


 これ以降、体調不良を起こす度にラウルスはアデルに抱きつくようになってしまったそうだ。

お手に取っていただき、ありがとうございます!(^0^)


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― 新着の感想 ―
物語の展開としてストレスも重要なのはわかっているのですが ストレスに構えるのが疲れてしまって、あらすじだけでお腹いっぱい読むのやめる、というの繰り返してました。 ストレスフリーというところがピンポイン…
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